NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/3/6


大日堂舞楽 Dainichidou-bugaku 

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 大日堂舞楽(だいにちどうぶがく)は、秋田県鹿角市八幡平の大日霊貴神社(おおひるめむちじんじゃ)に奉納されている古典舞楽である。
 神社では、毎年正月二日に行う祭典にて大日堂舞楽を奉納しており、舞楽は国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 大日霊貴神社は、継体天皇(507~531)が建立したのが始まりとされている。
 その後、元正天皇が養老二(718)年に再建し、その時に大日堂舞楽を伝えたと言われる。
 当日は能人と呼ばれる氏子の中から35人が選ばれ舞楽を奉納し、周辺の4集落に分かれてそれぞれの集落内で舞台元の舞をする。その後、各所で権現舞を舞いながら大日堂に一同集まり、挨拶の後、堂の中で舞い始める。
 大日堂舞楽は、わが国に現存する舞楽の中でも、最も古い形が伝えられる伝統芸能である。
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2008/2/7


木葉猿 Konoha-saru 

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 熊本県玉東町(ぎょくとうまち)の木葉に伝わる「木葉猿(このはさる)」は、郷土玩具の中で、最も古いものの一つであるといわれている。
 養老七(723)年の元旦に「虎の歯(このは)」の里で生活していた都の落人が、夢枕に立った老翁のお告げにより奈良の春日大明神を祀った。そして木葉山の赤土で祭器をつくった際、残りの土を捨てたところ、それが猿に化けたという言い伝えがあり、木葉猿が誕生したといわれる。
 型を使わず、指先だけで粘土をひねる技法で猿の土焼人形をつくり、素焼きにしたままの伝統玩具である。
 昔から素朴さとユーモアある姿は人気があり、大正時代後期には、全国土俗玩具大番付で東の横綱になった。最近では彩色したものもあり、三匹猿・子抱猿・飯喰猿など合わせて一〇種類程あり、悪病、災難除け、子孫繁栄、子授けなどのお守りとして多くの人々に親しまれている。
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2007/11/7


羽田神社 Hada-jinja 

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 「羽田のお山がけ」でも知られる、宮城県気仙沼市にある羽田山の麓に鎮座するのが、羽田神社(はだじんじゃ)である。
 おおよそ千三百年前の奈良時代、養老五(721)年に、行基によって五穀豊穣、無病息災を祈って創建されたといわれる。
 また、大同元(806)年には坂上田村麻呂により再建されたとも伝えられる。
 その後、一端は荒廃するものの建久三(1190)年、豊後守・尾形三郎惟義(これよし)によって再興。以後は廃れることなく、波多権現や羽田山大権現、羽田三所権現などとも称されながら、本吉北方二一ヶ村の総鎮守として祀られ、奥東の古社として今に至っている。
 境内には本殿の両隣に樹齢千年を超えるといわれる、巨大な杉の木が二本、聳え立っている。
 同社を再興した尾形三郎惟義の嫡男小太郎と次男の二人が、文治二(1186)年に植えたとする社伝があり、本殿向かって右の杉が太郎坊、左の杉が次郎坊といわれ、千年を経た今も、参拝者達に親しまれている。
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2007/9/14


行縢神社 Mukabaki-jinja Mukabaki Shrine

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 行縢神社(むかばきじんじゃ)は、行縢山の南東にあり、養老二(718)年に創建された。紀州の熊野大社の分霊が祀られ、祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)伊邪那美命(いざなみのみこと)日本武尊(やまとたけるのみこと)で行縢嶽三所大権現と名乗り、日向の代々藩主の崇拝が厚かった。
 行縢山は宮崎県の北部にあり、標高八三一メートルの山である。遠くから見ると屏風ような形をしている岩壁が見事な山である。
 日本武尊が熊襲征討の折、山の形が行縢(むかばき)に似ていると仰せられ、行縢山の名がついたと伝えられている。行縢とは、毛皮で作られた、腰から脚にかけて着用するものである。
 広い神域は樹木におおわれ、その間に本殿がひっそりと建っている。境内から行縢山の登山口が伸びている。
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2007/9/6


熊野那智神社 Kumano-nachi-jinja Kumano Nachi Shrine in Natori

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 熊野那智神社(くまのなちじんじゃ)は、宮城県名取市高舘吉田にある神社である。祭神は、事解男尊。熊野神社・熊野本宮社と併せ熊野三所権現と称する。
 養老三年(719)年、閖上の漁夫が海底から神体を得て、高舘山頂に宮社を建て羽黒大権現として奉仕したのがはじめとされる。
 後に、名取の老巫女の熊野三神勧請にあたり、那智の分霊を合祀して、熊野那智神社と改称した。
 鎌倉時代に作られた銅鏡のうち37点が国の重要文化財に指定されており、境内には高野槙(こうやまき)と呼ばれる、直径112cmの枝ぶりも旺盛な巨木が育っている。
 また、社務所には重要文化財の懸仏が133体保存されている。
 熊野那智神社は、現在は作物・豊漁神として広く信仰されている古社である。
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2007/8/10


八幡浜 八幡神社 Yawata-hama Hachiman-jinja 

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 愛媛県の南西部に位置し、四国一の規模を誇る魚市場をもち、みかんの産地としても知られる八幡浜市。
 八幡浜(やわたはま)という地名は、すでに養老年間(717~724)からあり、旧記に「八幡大神立たせけるにより、八幡浜と名づく」とあるように、地名の由来は八幡大神(やはたのおおかみ)がこの地の浜に立たせられたことによると伝えられている。
 八幡神(はちまんしん、または、やはたのかみ)を祀る神社は八幡神社と呼ばれ、その数は稲荷神社に次いで多く、その数は全国に1万とも2万ともいわれている。その中でも4番目に古い、「おはちまんさま」の名前で親しまれている八幡浜の八幡神社。
 町の中心部、矢野町商店街のアーケードに入る手前に鳥居と急な石段があり、その途中の石の鳥居は延宝年間(1673~1681)に立てられたもので伊予では一番古いとされている。
 社殿はすべて昭和五三年の放火により焼失し、昭和五八年に復興されたものである。
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2007/5/17


岐阜 揖斐峡 Gifu Ibi-kyo 

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 岐阜県の揖斐峡は、越見山脈から流れ出てくる揖斐川を中流で堰き止めて造った人造湖で、西平ダム堰堤から上流へと続いている。
 揖斐・関ヶ原・養老の国定公園に指定されていて、揖斐県立自然公園の一部である。
 四季を通じてスギやヒノキの緑が豊かな山々に囲まれており、春にはその訪れと共にコブシが咲き、春が深まると山桜やツツジが春霞の中に映える。そして、秋になると赤く燃える様な紅葉が山肌を彩る。ここは、四季折々の自然が楽しめる場所として、西美濃随一の景勝地となっている。
 湖岸には料理旅館が立ち、夏には鮎料理、冬にはボタン鍋など地元の味が楽しめる。美味しい料理に舌鼓を打ちながら、素晴らしい景色を楽しむのも一興である。
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2007/5/8


大山寺阿弥陀堂 Daisen-Ji-Anidadou The Amida Hall at Daisenji Temple

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 大山寺は、鳥取県西伯郡大山町大山にある天台宗の寺である。阿弥陀堂は、本尊・阿弥陀如来を安置しており、建物・仏像とも国の重要文化財に指定されている。
 大山寺は、養老年間(717〜23)に開かれた。石段の上に立つ朱塗りの柱に緑色の格子窓をもつ本堂は、往時の大山三院の一つである中門院の大日堂である。
 大山寺阿弥陀堂は、大山寺に現存する寺院の中では最古の建築物とされている。
 平安初期の創建で、藤原期に建立され、亨禄二(1529)年、山津波で倒壊。その後、天文二一(1552)年、現在の場所に再建されたといわれる。
 堂には、仏師・良円の作といわれる2.79mの本尊・阿弥陀如来と、その両脇に観音・勢至の両菩薩が安置されている。
 大山寺阿弥陀堂は、古刹に現存する貴重な古代建築物である。
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