NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/8/19


大原はだか祭り Oohara-hadaka-matsuri 

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 千葉県いすみ市大原地区では秋になると、全国屈指の勇壮な祭り「大原はだか祭り」が行われる。大原はだか祭りの起源は定かではないが、娯楽の少なかった江戸時代に、住民の意思疎通を図るために始まったとも伝えられている。
 大原・東海・浪花三つの地区の一八の神社の神輿が大原漁港に集結し、五穀豊穣漁が祈願される。その後勇ましい掛け声とともに神輿を肩にかついだ人々が水中を駆け巡りもみ合う、「汐ふみ」が勇壮に執り行われる。
 その後、全ての神輿は大原小学校へ約一km道のりを賑やかに移動する。こちらもまた見物の「商店街渡御」である。
 校庭に着いた神輿はまた、全力で駆け回る。やがて日が落ち、提灯に灯りが灯される頃になると、校庭は神輿と人で埋め尽くされ、神輿を投げては受け止めを繰り返し、最後に「大別れ式」という見所を迎える。「大別れ式」では哀愁を帯びた別れを惜しむ唄が唄われる。
 荒々しさと優しさの二面性を持った祭りは二日間に亘って行われ、多くの人で賑わう。
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2008/4/4


石尊様の裸祭り Sekison-sama-no-hadaka-,atsuri The Naked Festival at Sekison Shrine

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 宮城県栗原市若柳の武鎗(むやり)地区で、毎年三月の第二日曜日、石尊様の裸祭り(せきそんさまのはだかまつり)が開催されている。
 まだ冬の寒さが残る朝、腰わらにわらじ、白いはちまきを身に着けた裸の厄男たちが水を体にかぶりながら地域を練り歩き、各家に立ち寄って盛大に水をかけて回る。これは火伏せを祈願したものだ。
 およそ2キロ、120世帯の家全てをまわり、威勢の良い掛け声で水をかけると、見物人からは拍手や歓声があがった。
 石尊神社は室町期の大火の際に火勢を鎮めた事から由縁し、防火の守り神としての信仰されている。ご利益にあやかって里の人がこの裸祭りを始め、室町期から続く伝統行事となった。
 この祭りが終わると寒さが和らぎ春が訪れる。
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2007/9/14


門川町 中山神社大祭 Kadogawa-cho Nakayama-jinja-taisai The Grand Festival at Nakayama Shrine in Kadogawa

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 中山神社は門川町(かどがわちょう)にあり、天安元(857)年、文徳天皇の時代に出雲大社から分霊したといわれる。
 この神社は大己貴命(おおあなむちのみこと)など四神を祀っている。大己貴命は大国主神(おおくにぬしのかみ)のことで、色好みの一面を持った神様で知られる。その昔、狭い参道で若い男女がすれ違うと恋が芽ばえると言われ、縁結びで有名になった。
 縁結びのご利益のほか、商売繁盛でも知られ、特に一月七日におこなわれる大祭では、年男や厄年を迎えた男の人などが、白鉢巻きに白足袋のふんどし姿で大きな掛け声を上げて、境内までの石段を一気に駆け上がる「裸まつり」が有名である。男たちは寒さの中、境内で冷水を頭から浴びて身を清め、家内安全や無病息災などを祈願する。
 昔から、男はふんどし姿、女は腰巻きで参拝していたといわれており、「中山さんは、良い神よ 着物がなければ、裸で良い 草履がなけりゃ、裸足で良い」という歌が残されている。
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2007/8/14


天下祭 Tenka-sai Tenkasai Festival (Naked Festival)

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 天下祭(てんかさい)は、愛知県豊田市の松平東照宮にて毎年2月に開催されている裸祭りである。
 南北朝時代に天下太平を願って始められたとされるが、明治時代に一度姿を消し、近年裸祭りとして復活した。
 松平東照宮は、徳川家の祖である松平氏発祥の地として知られている神社で、松平親氏を祭神として祀っている。
 東照宮の産湯の井戸は、初代親氏の頃より霊験ある井戸として知られ、家康誕生のとき岡崎城までこの水を運び、慣習に従い産湯とされた事が世に知られている。
 天下祭に奉仕し、その水で清められた「水玉」と呼ばれる、木製の玉に触れる事で厄が落ちると信じられており、毎年下帯一つで裸男の厄男たちが激しい競い合いを見せ、会場一帯は熱気に包まれる。
 祭りでは、他に出店や露天もあり、戦陣鍋、花餅作り、大絵馬奉納、和太鼓、棒の手等が行われる。
 天下祭は、裸男たちの勇壮で豪快な祓い神事である。
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2007/7/4


西大寺会陽 Saidai-ji-eyou 

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 別名「はだかまつり」の西大寺会陽(せいだいじえよう)は、岩手県黒石寺の黒石裸祭、大阪市四天王寺のどやどやと併せ、日本三大奇祭として知られている。深夜の暗闇の中、寺の御福窓から投げ落とされる護符としての2本の宝木(しんぎ)を、数千人の裸の群衆が奪い合うという壮烈な祭りだ。
 元は限られた信徒に与えられていた護符が、ご利益があるとして希望者が増え、奪い合うようになったことが始まりとされる。
 毎年2月の第3土曜日の夜、西大寺に集まった男たちは垢離取場(こりとりば)で冷水を浴びて斉戒沐浴し、宝木投下に備える。
 一方宝木の争奪戦に参加できない女性たちは、男達の士気高揚と安全祈願のために会陽太鼓を打ち鳴らす。
 午前零時、福窓から2本の宝木が男たちの群れの中に投げられると、興奮は一気に頂点に達する。壮烈な争奪戦を縫って宝木を得た者は「福男」と呼ばれ、その年の幸福が約束されるといわれている。
 祭りの起源は、およそ1300年前にさかのぼると伝えられている。
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2007/1/25


西大寺観音院 Saidai-ji-kannon-in Saidaiji Temple and Kannon'in Temple

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 岡山県の東部を流れる吉井川に架かる永安橋の北に、西大寺観音院がある。千手観音をご本尊とする高野山真言宗別格本山として栄えてきた。
 起こりは今から約1200余年前。宝亀年間(770〜781年)、安隆上人が犀戴寺(さいたいじ)として建立し、承久三(1221)年に西大寺と改められたという。
 社伝の正安元年の焼失時の記載によると、本堂・常行堂・三重堂・鐘楼・経蔵・左右の回廊などが存在していたことが記されており、14世紀初頭にはすでに一定の伽藍を備えた大寺院であることがうかがえる。
 西大寺ではほかに、例年2月の第3土曜日の深夜に行われる「はだか祭り」が有名。吉井川で水垢離(みずごり)をとった裸の男たちが、神木(しんぎ)と称する棒を取り合う行事で、「日本三大奇祭」のひとつに数えられている。
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