NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/10/1


坊津 Bouno-tsu 

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 坊津(ぼうのつ)は、鹿児島県薩摩半島の西南に位置する。かつて、中国や南方諸島との貿易の窓口として発展し、筑前の博多津(現福岡市)と伊勢安濃津(現三重県津市)と並ぶ「日本三津(さんしん)」のひとつと謳われていた。
 坊津の海岸線は海に迫る山岳が多く、総長52kmにも及ぶリアス式海岸となっている。沿岸は景勝が多く、風変わりな岩礁が点在。雄大で荒々しい風光は全国でも珍しく、訪れる人々は皆感嘆の声を上げる。
 坊津は風光明媚な景観もさることながら、大小の瀬が点在し、釣り場の多さでは九州屈指。特にイシダイ釣りのメッカとして釣り愛好者たちの人気を集めている。
 また、海は九州随一の透明度を誇り、色とりどりの熱帯魚が見られ、一年を通して県内外から多くのダイバーたちが訪れる。
 
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2007/9/28


大内塗 Oouchi-nuri Ouchi Lacquer Ware

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 大内塗(おおうちぬり)は、山口県山口市に伝わる工芸品で、国の伝統工芸品に指定されている。
 室町時代に、現在の山口県のあたりで力のあった大内氏が、朝鮮や明との貿易を進めるにあたって、重要な輸出品として奨励したのが始まりと言われている。
 渋い大内朱の地塗りの上に、黄緑色の彩漆で秋の草を描き、雲の形を描き入れ、家紋の大内菱を金箔で貼り付けた独特の文様が特徴とされる。
 主に、椀や盆、花器、大内人形などが作られており、中でも大内人形は、24代大内弘世が京を偲んで寂しがる夫人を慰めるために、京から呼び寄せた人形師に作らせたといわれ、その愛らしい表情の人形は夫婦円満を願う人々に喜ばれている。
 大内塗は、匠の技術を現在に受け継ぐ、高級感溢れる伝統工芸品である。
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2007/2/12


近江商人屋敷 Oumi-shounin-yashiki Omi Merchants Residences

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 近江商人とは、近江に本拠地をおく他国稼ぎ商人のことで、近江八幡・日野・五個荘から特に多く輩出した。その中でも五個荘出身の近江商人を五個荘商人と呼ぶ。
 五個荘は近江商人の発祥の地として広く知られ、白壁と舟板塀の蔵・屋敷や優雅な庭園など、町内のいたるところで見ることができ、また国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定され、五個荘町では代表的な近江商人の蔵屋敷などを公開している。
 五個荘商人はそのほとんどが江戸時代末期から明治時代の創業で現在も商社として多くの企業が活躍している。
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2007/1/11


北前船主屋敷蔵六園 Kitamaesensyu-yashiki-zourokuen Zourokuen, the Estate of a Kitamae Ship-owner

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 江戸時代から明治の中期まで、日本海を舞台に活躍した北前船の主の屋敷。
 北前船主は、近江上人からの雇われ船頭が多かった。
 近江上人は蝦夷地でも活躍したが、蝦夷地開拓による交易品を運ぶ船として北前船を仕立てた。その時、加賀や越前、若狭の船乗りに船を任せた。
 交易を経験し、商才を発揮しはじめた船頭たちは、北前船の雇われ船頭から才覚のある商人へと成長していく。
 蔵六園は、その内の一家酒谷家の邸宅と庭園。その建築物と庭、さらに展示品などは、栄華を極めた当時の様子そのままである。
 敷地は約一〇〇〇坪。総漆塗りの屋敷で建坪は約三〇〇坪。蔵の中には古文書、九谷焼、吉田屋、宮本屋八郎赤絵、松山窯などの焼き物が展示してある。
遠州流の庭園には、約五〇〇種類の山野草が自生し、さらに全国からの銘石を配して見事である。
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