NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/8/26


朝日文楽 Asahi-bunraku 

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 明治初期、朝立浦の井上伊助が、松ノ木の瘤や桐の木で、人形の頭や胴体を作り、一口浄瑠璃で人形を操ったことが朝日文楽の起こりとされている。
 その後、徳島県の平六座から本格的な頭、衣装、道具を購入し、財産家、地区住民の支援によって次第に整えられていった。
 人形は一体およそ20キロ。人形一体を3人で動かす。また眉や眼が動く仕掛けもあり、喜怒哀楽の表情や、見栄を切るときの表情に迫力をつけることもできる。
 明治四三(1910)年、大阪の道頓堀の朝日座を模して、朝立の埋立て地に芝居小屋「朝日座」が建てられ、その朝日座を中心に活躍したことから、朝日文楽と命名された。
 以来、戦争などによる盛衰や、高齢化などの問題はあったものの、郷土の誇りとして保存伝承するため、町をあげて努力している。
 昭和三九(1964)年に愛媛県指定の重要文化財にもなり、ますます注目されている。 
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2008/4/11


胡麻竹の桐下駄 Gomadake-no-kirigeta 

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 胡麻竹(ごまだけ)とは、表面に胡麻のような粒のある竹の事である。
 胡麻竹は激しい温暖差のある京都で産まれた竹で、竹が枯れ始める時、表面に胡麻上の粒が現れる。
 胡麻竹の桐下駄(きりげた)は、その粒のおかげで足に心地良く、夏でも他の下駄のように汗でベタベタせず、涼しく履くことができるという、古の知恵が感じられる日本伝統の下駄である。
 天然の胡麻が表面に出ている竹が、上質な桐下駄に張付けてある。素足で履くのにとても気持ちよく、歩くには最適な素材だ。
 足元が滑りにくく、昔から幸運を呼び込むものとされている下駄であるが、最近は作れる職人が少なくなり、手に入りにくくなっているという。
 胡麻竹の桐下駄は、高級感があって履き心地の素晴らしい、伝統の履き物である。
 
高さ 5.5cm
巾  12cm
長さ 24cm
靴のサイズが24.5cm~26cmの人用
Magic Garden
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2007/12/26


岩槻人形 Iwatsuki-ningyou 

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 岩槻人形(いわつきにんぎょう)は、埼玉県の岩槻で古くから作り続けられている桐塑人形(とうそにんぎょう)である。
 岩槻の周辺は古来から桐の産地であり、箪笥や下駄の生産が盛んであった。
 そこに、日光東照宮の造営に当たっていた工匠たちが留まり、そうした桐細工物の加工で出た桐の粉を糊と練り固めて人形を作ったのが始まりといわれている。
 また、岩槻の水が人形の顔を塗る胡粉を溶くのに適していたことも幸いしたといわれている。
 壊れにくい上に量産も可能であり、精巧度も高いことから岩槻を中心に急速に発達。また、すぐ近くに江戸という一大市場があったこともその発展に影響したといわれている。
 江戸中期以降では、人形造りは藩士の内職として盛んに行われるようになり、藩の専売品にもなっていた。
 現在でも岩槻の代表産業の一つであり、平成一九年には国の伝統的工芸品にも指定され、その白く、細やかで美しい人形を生み出し続けている。
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2007/10/31


紀州箪笥 Kisyuu-tansu 

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 和歌山県を代表する工芸品「紀州箪笥(きしゅうたんす)」は、全国的に有名な桐箪笥である。
 和歌山県各地の町家からは、古文書や桐箪笥が発見され、当時天保年間の頃からすでに武家以外でも、婚礼調度品として桐箪笥が作られていた記録が残されている。
 加工はすべて手仕事でおこなわれる。挽きや削り、継ぎなど匠たちの経験と勘が独自の道具により素材のよさを引き出している。
 美しい木目で知られる桐箪笥は、軽くて耐湿性に優れた家具で知られている。外気に敏感な性質のため湿気の多い時には水分を吸い、乾燥時には水分を出す恒湿性を持っている。もし火災などの場合、水を吸って燃えにくい事から「身を焼いても中身を救う」といわれている。また桐箪笥は伸縮しにくく狂いが少ない上、軽くて持ち運びが便利な事から、長年使用する収納家具として重宝されている。
 江戸時代に、紀州藩の積極的な振興政策によって桐箪笥の産地となって以来、桐材特有の上品な木肌は現在まで高度な技術や技法が受け継がれており、全国的に高い評価を受けている。
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2007/10/1


野田雨乞笠おどり Noda-amagoi-kasa-odori Amagoi Kasa-odori Dance in Noda

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 野田雨乞笠おどり(のだあまごいかさおどり)は、愛知県刈谷市の野田八幡宮で毎年八月下旬に開催される、雨乞いを今に伝える行事である。
 神前にお神酒とお灯明を供え、踊りを奉納する。
 雨乞い唄と采配が始まると、踊り手は太鼓を内に向かい合い、両手に桐の木で作った「つろろ」と呼ばれる短いバチを持って踊りだす。またホラ貝の音色に合わせて、踊り手が空を仰ぎ見る所作もある。
 踊り手は浴衣をたくし上げた姿で、赤いたすき、つばの広い一文字笠の姿をし、凛とした姿で舞う。
 正徳二(1712)年から三百年近くの間引き継がれており、昭和初期に一旦打ち切られたものの、現在は保存会の手で伝承を守っている。市指定無形民俗文化財に指定されている。
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2007/9/11


桐塑人形 Touso-ningyou 

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 桐塑人形(とうそにんぎょう)は、材料に桐塑を用いて製作された人形である。
 桐の木粉と生麸糊(しょうふのり)を練り上げてできる、弾性のある粘土状の素材を桐塑と呼ぶ。
 その原点は奈良時代の乾漆にあるとされ、粘土状の素材であることから自由な肉付けによる造形が可能で、乾燥すると大変硬くなるため、木材同様に彫刻を施すこともできるという特色を持つ。
 また、作りたい形にくりぬいたところに桐塑を詰め込み、同じような形のものをたくさん作る製作方法にも適していたため、江戸時代においては雛人形などの頭部や、手足を作った練り物の技法としても現在に受け継がれている。
 仕上げには胡粉仕上げや和紙貼、布貼、彩色などの各種の精緻な技法が駆使される。
 顔や手足の部分は特に念入りに作業が行われ、上塗り胡粉を塗り重ねた上で、目や眉、唇や毛髪を書いて仕上げる。
 そうして仕上げられる人形達の表現はとても豊かなものであり、現在では創作人形の重要な一分野を占めている。
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2007/7/24


鼕行列 Dou-gyouretsu Do-gyoretsu Drum Parade

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 伝統行事「鼕(どう)行列」は、毎年10月第3日曜日に島根県松江市の松江神社で行われる例大祭である。
 鼕とは、桐の筒に牛の皮を張って作った大太鼓のこと。鼕行列の由来は、松平藩五代藩主の奥方として享保九(1724)年に京都伏見宮家から岩姫が嫁いできたときに、城下の人々がこれを祝って大きな鼕を作り、打ち鳴らしたのが始まりとされる。
 祭り当日には、山車に直径約2mもある鼕太鼓を2、3台据えて、これを半被(はっぴ)姿の子ども達数十人が曳き回し、若衆が威勢のいいバチさばきで鼕太鼓を打ち鳴らしながら町内を練り歩く。山車の周りでは横笛や、「チャンガラ」と呼ばれる銅拍子を担う囃子方が十数人加わり、行列を盛り上げる。
 約2千人が練り歩くこの祭りは、「見る」だけでなく「聴く」ことも楽しめる、松江の秋の風物詩である。
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2007/5/2


志度桐下駄 Shido-kirigeta 

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 香川県高松市志度町で作られる桐でできた下駄。県の伝統工芸品に指定されている。
 下駄の歴史はかなり古く、弥生時代の遺跡から下駄状の木製品がみつかっている。志度町での下駄作りは、明治40年に「砂山房太郎」という人物が18歳のとき開業したのが始まりである。
 当時「書生下駄」や「日和下駄」が作り出され全国に広がった。現在では全国の60パーセントの生産を占める。
 自然乾燥させた「桐」を素材に使い、約40もの工程を経て作られる。そのほとんどが手作業である。
 現在ではさまざまな種類の下駄があり、そのひとつひとつに木の温もりが感じられるものとなっている。
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