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2008/9/5


羽田のお山がけ Hada-no-oyama-gake 

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 羽田のお山がけ(はだのおやまがけ)は、宮城県気仙沼市に古くから伝わる伝統行事である。
 七歳になった男児が上羽田地内にある羽田山に登拝し、無事の成長を祈願するもので、毎年の旧暦八月十五日と十六日に行われる。
 お山がけは、昔から「親子お山をかけるな」といわれており、登拝に付き添うのは男児の父親ではなく、祖父や親戚の男性が務めることになっている。
 お山がけを無事に済ませると、男児を中心に親戚や近所の人々を招いてオフルマイ(お振舞い)を行い、お山がけが無事済んだことを披露し、行事は終了する。
 このお山がけをしないものは一人前の男とみなされず、港町気仙沼らしく沖のりもさせられないという地区もあるほどである。子供の成長過程において、必ず経験しなければならない通過儀礼と考えられており、現在も盛んに行われている。
 七歳の子供にとっては、その頂までの道のりは険しいものかもしれない。しかし、そこには子供が一人前になるための過程が濃いまでに凝縮されている。
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2008/1/30


小僧不動の滝寒中みそぎ Kozou-fudou-no-taki-kanchuu-misogi Waterfall Purification at Kozo-Fudo Sui Shrine

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 毎年旧正月にあたる一月一五日、宮城県栗原市一迫長崎地区の小僧不動水神社では寒中みそぎが行われている。
 参加者は厄年や成人を迎えた男性。夜一九時頃、ふんどしにわらじ、白はちまき姿で俵みこしを担ぎながら登場する。この時の外の気温は零下8度前後。みそぎ中の安全を祈願すると小僧不動の滝に向かって走り、気合いを入れ滝つぼに入る。10メートル上空から落ちてくる滝に打たれ、胸まで水につかると肌が見る間に真っ赤に。家内安全、無病息災、厄祓い、五穀豊穣、合格等を祈願する。
 みそぎを終えると体から湯気をだしながら再び神社に参拝し、行事が無事に終了したことを報告する。見物に訪れた人たちからは歓声と拍手が沸きあがる。
 その後暖かいどんと焼きの前で、甘酒を飲みながらほっと息をつき、足早に家路に着く。
 身を清め、同時に心が清められる清々しさを感じることができると、参加者には実はなかなか好評だ。
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2007/8/24


熊野奥照神社 Kumano-okuteru-jinja 

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 熊野奥照神社(くまのおくてるじんじゃ)は、当初、現在の津軽半島の小泊にあたる奥尾崎に立てられたらが、延暦七(788)年、後の弘前市となる扇野庄に移築された。
 大同二(807)年、坂上田村麻呂が、蝦夷征伐にあたり勝利を祈願した神社といわれている。
 現在の本殿は、慶長一八(1613)年に二代藩主・津軽信枚が再建した。
 簡素な造りではあるが、室町から鎌倉時代にかけての建築様式が随所に見られ、屋根の懸魚(げぎょ)や桁隠(けたかくし)の彫刻等には桃山時代と見られる珍しい建築様式も取り入れられるなど、幅広い年代の技を見ることができる。
 地方色が少ない点において資料的価値も高く、国重要文化財に指定されている。
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2007/8/7


中新田の虎舞 Nakaniida-no-tora-mai The Tiger Dance in Nakaniida

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 中新田の虎舞(なかにいだのとらまい)は、宮城県加美郡加美町にて毎年四月二九日に行われている催事である。県の民俗文化財民俗芸能に指定されている。
 六〇〇年前、奥州の大名・大崎氏が「雲は龍に従い風は虎に従う」の故事にならって、明神の初午祭に奉納したのが始まりと伝わる。
 町は春になると風が強く、昔から度々大火に見舞われていた。
 そこで、虎の威をかりて風を鎮め、火伏せの祈願をし、山車と共に火消組の手によって火伏せの虎舞を舞わせ、城下をねり歩き、商人たちの繁昌と風禍火難防止の思想の高揚に役立たようとはじまったのが虎舞である。
 数台の山車にそれぞれ太鼓を乗せ、笛、三~六頭の虎がついて、各家々や屋根の上で舞う。
 中新田の虎舞は、火伏せ祈願として特色ある民俗芸能である。
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2007/7/30


椙本神社 春の大祭 Sugimoto-jinja Haru-no-taisai 

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 いの町の椙本神社(すぎもとじんじゃ)は、1200年という長い歴史があると伝えられている。地元では「伊野の大黒様」と呼ばれ親しまれており、商売繁盛・家内安全・縁結びに御利益があるとされている。
 土佐古来三大祭りの一つとなっている春の大祭では、名野川神楽、獅子舞等の奉納が行われるが、大黒様の舞の後、大黒様といっしょに「わっはっはっ」と大声で笑うと福を得ることが出来ると言われており、境内は福々しい笑い声に包まれる。神楽の後「幸福への御縁」のお札をいただくことができるが、参拝客が殺到するという。
 また、神社内で手作りされている、笹に井草を細かく編んだ小さな俵や小判形の短冊などを結び付けた「古式福俵」も、「大黒様の福を家に持ち帰る」という意味が込められ、大変人気がある。
 椙本神社の春の大祭は毎年旧暦の1月22日に行なわれているが、現在の暦にすると1月から3月の間で毎年変わることになる。
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2007/2/19


かまくら Kamakura Kamakura Snow Igloos

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 秋田地方の小正月(1月15日)の祭事のこと。積み上げた雪をくりぬいた雪室も同じく「かまくら」と呼ばれ、一般的にはこちらを指す。
 東北地方の祭事で、起源は明らかではない。
 地方ごとに内容は異なり、秋田県六郷町では竹打ちと言われる青竹での打ち合いが行なわれるが、横手地方では子供たちが雪室に祭壇を作り水神を祀り、雪室を大人が訪れると甘酒やお餅を振舞い、お返しに水神に賽銭を奉げる。
 竹打ちは鳥を追い払い五穀豊穣を願い、水神を祭るのも同様とされ、共に豊作祈願の祭りといわれている。
 雪室のかまくらは全国に広がり、大人も子供にも親しまれる冬の風物詩となっている。
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2007/2/14


刈谷万燈祭 Kariya-mando-matsuri Kariya Mando Festival

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 愛知県刈谷市に伝わる、歴史ある祭り。愛知県の指定無形民俗文化財に指定されている。
 祭りの歴史は、200年前といわれている。飢饉のとき、刈谷城主が祈願祈祷を行なったのち、雨が降り庶民たちが救われたことがきっかけとなっていると伝えられる。そのため万燈祭りは雨乞い祭りとも言われる。
 万燈は武者の絵を形どった
 縦横約5メートル、幅2メートルほどの、竹、和紙などで作った大きな行灯のようなものである。
 これを人が担いで町中を練り歩く。夜になると、行灯の中に明かりが灯され、和紙に描かれた武者の絵が、ぼんやりと浮かび、神秘的な世界を醸し出す。
 毎年7月の最終の土曜日、日曜日に行なわれている。
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一言主神社 Hitokoto-nushi-jinjya Hitokotonushi Shrine

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 一言主神社は奈良県御所市、葛城山に位置する神社である。
 正しくは「葛城坐一言主神社」と言い、一言主大神を祭神に奉る神社の総本社にあたる。
 一言主大神は雄略天皇が葛城山に登った際に現れ、天皇の問いに「吾は悪事も一言、善事も一言、言離の神、葛城の一言主の大神なり」と答え、天皇から武器、衣服を献上されたと言う。
 地元では一言だけ願いを聞いてくれる「一言さん」として広く親しまれている。
 境内には「乳銀杏」と呼ばれる樹齢1200年の大銀杏がそびえる。御神木でもあるこの銀杏には子宝に恵まれ、乳の出が良くなると言う伝説があり、参拝客が絶えない。
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