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2007/9/19


一乗院跡 Ichijou-in-ato 

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 一乗院跡(いちじょういんあと)は、鹿児島県南さつま市坊津町にある寺跡である。県の文化財に指定されている。
 敏達天皇一二(583)年、百済の僧・日羅が仏教弘布のため建立したのが一乗院であり、その末寺は薩摩大隅の国内四七ヶ寺、坊津でも一八ヶ寺あったと言われる。
 日羅上人は自ら仏像三体を刻み、上中下の三坊舎を設けて安置した。坊津の名称は、これに由来する。
 長承二(1133)年、鳥羽上皇により上皇の願所となり、「如意珠山一乗院」の称号を賜る。
 延文二(1357)年に、成円上人が寺を島津氏の協力を得て中興し、天文一五(1545)年には後奈良上皇の願所となった。
 しかし明治二(1869)年、廃仏毀釈によって廃寺となり、現在は仁王石像一対と歴代上人の墓が残るのみとなっている。
 一乗院跡は、古の繁栄が偲ばれる史跡である。
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2007/1/29


普光寺 Fukou-ji Fukoji Temple

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 高野山真言宗、筑紫山、別名を紫陽花寺。
 敏達天皇十二(583)年、日羅により開山。平安期、鎌倉期に繁栄し、江戸初期までは「筑紫尾寺」の名を称して京都三聖寺の末寺として発展した。天正十四(1586)年、豊薩の役で打ち壊されるが文禄三(1594)年、岡城主中川久清により再興された。
 境内の岸壁に刻まれた磨崖仏(まがいぶつ)は中央に不動明王を刻み。制咤迦(せいたか)、矜羯羅(こんがら)の二童子を従え、右手には多聞天と弁財天が配される。
 高さ11・4メートル、顔だけでも2・4メートルの規模は、日本最大級のもの。
 境内に3000株を超える紫陽花が植えられており、6月の開花の時期には「あじさい祭」が催され、境内を彩る。
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大迫磨崖仏 Osako-magaibutsu Giant Buddha Rock Carving

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 大分県豊後大野市千歳町にある大日如来の磨崖仏。
 天文二(1533)年、日羅作と伝えられる。高さ3・2メートル、凝灰岩の壁に彫られており。石で体を作り、顔や手足は粘土、衣は漆喰を使う「石芯塑造(せきしんそぞう)」という技法で建立された。
 顔の半分以上を塑土が覆う強面と大きな胴は独特の雰囲気を持ち、参拝するものを幽玄の世界にいざなう。
 古来より牛神として地元の信仰が厚く、諸祈願が霊験あらたかであるといわれることから参拝客も多い。
 祭日は1月28日、8月27日の年二回。昭和51(1976)年、大分県重要文化財に指定。
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犬飼石仏 Inukai-sekibutsu Inukai Giant Buddha Rock Carving

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 大分県豊後大野市、渡無瀬にある磨崖仏。
 日羅による作とされるが鎌倉以前の特徴を有することから、平安時代の作とも言われる。
 堂中央に結跏趺坐した不動明王(3・7メートル)を主尊とし、右に制咤迦(せいたか)童子(173センチ)、左に矜羯羅(こんがら)童子(170センチ)を脇侍とする。
 わずかに朱の顔料が残る顔は温厚であり、両足の裏を見せて座る姿を持つ珍しい石仏。昭和九(1934)年、国の史跡に指定されている。
 石仏の上方の岸壁には「龍傳山(りゅうでんざん)」の三大朱文と「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」の八大文字が刻まれ、厚い大師信仰が偲ばれる。
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