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2007/10/1


長興寺(愛知県豊田市) Choukou-ji (Aichi-ken Toyota-shi) Chokoji Temple

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 豊田市の長興寺(とよたしのちょうこうじ)は、愛知県豊田市長興寺にある臨済宗東福寺派の別格寺院である。本尊は、十一面観世音菩薩。
 南北朝期の建武二(1335)年、挙母城主・中条備前守秀長がその菩提寺として建立した。
 集雲山と号し、七堂伽藍を完備して南北5丁、東西4丁、18坊に及ぶ塔頭が建ち並ぶ威容を誇り、本朝名刹の寺位を許された。
 応仁の乱の後、中條氏が衰退するにつれて寺勢も衰え、戦国時代の永禄一〇(1567)年、織田信長の兵火にあって焼失した。
 しかし信長の家臣・余語正勝によってすぐに再興され、正勝は信長の死後、狩野元秀に現在、国の指定文化財となっている信長の肖像画を描かせ、寺宝とした。
 豊田市の長興寺は、他にも文化財などを多く抱える、長い歴史を誇る寺院である。
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2007/9/21


石山寺 多宝塔(国宝) Ishiyama-dera Tahou-tou Tahoto Pagoda at Ishiyamadera Temple (National Treasure)

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 石山寺(いしやまでら)は、滋賀県大津市石山寺にある東寺真言宗別格本山である。本尊は如意輪観音。西国三十三箇所第一三番、江州三十三観音第一番、近江三十三観音第三番札所とされる。
 天平一九(747)年、聖武天皇の勅で建立されたと伝えられる、京都の清水寺や奈良県の長谷寺と並ぶ日本でも有数の観音霊場で、開基は良弁(ろうべん)。
 多宝塔(たほうとう)は、建久五(1194)年の建立で、年代の明らかなものとしては日本最古の多宝塔とされる。
 塔は、高さ17・2mで桧皮葺、擬宝珠高欄を付した縁をめぐらし、中央間板唐戸、脇間連子窓、中備えは三間とも間斗束となっている。
 内部には快慶作の大日如来像を安置しており、日本三名塔の一つとされ、国宝に指定されている。
 石山寺の多宝塔は、屋根の描く曲線美と調和して均整美と安定感を併せ持つ古代建築の傑作である。
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金剛三昧院 多宝塔(国宝) Kongou-sanmai-in Tahou-tou Tahoto Pagoda at Kongozanmaiin Temple (National Treasure)

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 金剛三昧院(こんごうさんまいいん)は、和歌山県伊都郡高野町高野山にある高野山真言宗別格本山である。本尊は愛染明王。仏塔古寺十八尊第十一番、西国愛染明王霊場第十七番札所とされる。
 承元五(1211)年、北条政子の発願により源頼朝の菩提を弔うために建てられた禅定院を、貞応二(1223)年に政子が禅定如実として入道したのを期に、金剛三昧院に改称した。
 多宝塔(たほうとう)は、その折に政子が覚智入道に命じて建立したものとされ、高さ14・9mの檜皮葺で初層が低く、二層目はよく引き締まり安定感に富んでいることが特徴とされる。
 日本で二番目に古い多宝塔で、日本三名塔の一つとされ、国宝に指定されている。
 金剛三昧院の多宝塔は、内部には重要文化財の五智如来像が安置されている、貴重な建築物である。
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2007/8/30


茨城 西念寺 Ibaraki Sainen-ji Ibaraki Sainenji Temple

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 浄土真宗別格本山 稲田山西念寺。
 鎌倉時代の初め、越後への流罪が解かれた親鸞は、招かれて茨城県笠間市稲田のこの地に草庵を結び、布教をしていた。
 建保二(1214)年から寛喜四(1232)年のことである。
 この間、根本教典の「教行信証」を記し、その後京都に戻った。
 境内にはお葉付き銀杏をつけるイチョウの珍種がある。2000年11月15日に県の文化財に指定された。
 銀杏は化石の植物といわれ、その起源は百万年以前に遡る。この木は老木ではないが、それが親鸞聖人が蒔いたものと思って見れば、参拝の念佛者にとって特になつかしいものである。
 参拝者は一粒の実を参拝の記念に蒔いて、深き佛縁を喜んでいる。
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2007/8/14


十夜ヶ橋永徳寺 Toyo-ga-hashi-eitoku-ji 

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 十夜ヶ橋永徳寺(とよがはしえいとくじ)は、愛媛県大洲市豊茂丁にある真言宗御室派の寺である。本尊は、弥勒菩薩。四国別格二十霊場第8番札所、四国八十八か所霊場の番外札所とされる。
 大同二(807)年、弘法大師がこの地を訪れた際、日が暮れて空腹と寒さに耐えながら、一夜を小川に架かる橋の下に野宿し「一夜も十夜の長さに感じられるほど寒く感じた」という。
 寺の側にかかる十夜ヶ橋がその橋で、橋の袂には横になった大師像が安置されており、このエピソードが名前と大師像の由来とされている。
 寺は永徳年間(1381~1384)の開創と伝えられるが、火災によって記録を失ったため詳細は分かっていない。
 四月・八月の「十夜ヶ橋霊場縁起」では弘法大師御影供・夏季縁日が盛大に行われ、土用の丑の日に行われる「きゅうり封じ」の祈祷には、多くの参拝者が訪れる。
 十夜ヶ橋永徳寺は、弘法大師空海ゆかりの古寺である。
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2007/6/21


岡崎宿 Okazaki-juku Okazaki-juku

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 岡崎宿(おかざきじゅく)は、東海道五十三次、三八番目の宿場。現在の愛知県岡崎市である。
 五万石の城下町であり、宿場町としての規模も大きく、矢作川と乙川が合流する地域だったため「五万石でも岡崎様は、お城下まで舟が着く」という唄が歌われていたほど水運の要の町であった。
 江戸時代には、徳川家康の生誕の地でもあったため別格の扱いを受け、代々、大名の中でも特別な役職を担う譜代大名を置くことでもそれが伺える。
 天正一八(1590)年に岡崎城主となった田中吉政は岡崎の郊外にあった東海道を城下町の中心を通るように変更。城の防衛のため、「二十七曲」と言われる多くの曲がり角がある道路整備を十年かかって造り上げた。
 この二十七曲は現在にも岡崎の町に残っており、石碑にはこの曲がどのように市内を通っているのかを見ることができる。
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2007/4/24


愛知 豊川稲荷 Aichi Toyokawa-inari 

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 愛知の豊川稲荷は、愛知県豊川市豊川町、妙厳寺境内にある稲荷である。全国各地に別院を持つほか、修行道場として僧堂を設置している。
 妙厳寺は、嘉吉元(1441)年に東海義易によって開基された曹洞宗の寺院で、本尊は千手観音菩薩とされている。
 日本三大稲荷の1つ豊川稲荷は、妙厳寺の境内に鎮守として祀られた「豊川托枳尼真天」の通称であり、同時に妙厳寺そのものを指すこともある。
 稲荷神社としては京都の伏見稲荷大社を総本山としているが、豊川稲荷は神社ではなく寺であり、信仰対象は稲荷である部分もあるものの、伏見稲荷とは同一ではなく、別格本山とされる。
 愛知の豊川稲荷は、商売繁盛・家内安全の神様として全国的に知られるお稲荷様である。
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2007/4/20


京都 神護寺 Kyoto Jingo-ji 

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 京都の神護寺(じんごじ)は、京都府京都市右京区にある高野山真言宗別格本山の寺である。本尊は、薬師如来(国宝)とされる。
 天長元(824)年、神願寺と高雄山寺という2つの寺院が合併してできた寺が、神護寺である。開基は、和気清麻呂とされる。
 神護寺は空海が東寺や高野山の経営に当たる前に一時住した寺であり、最澄もここで法華経の講義をしたことがあるなど、日本仏教史上重要な寺院である。
 清滝川に架かる高雄橋から長い参道を歩いた先の山中に金堂、多宝塔、大師堂などの堂宇が建つ。
 高雄山は昔から美しい紅葉で名高い場所で、京都で一番早く色付くのは神護寺金堂前のイロハモミジだといわれ、豪華に枝を広げる紅葉の連続は絶景である。
 神護寺は、美しい紅葉と歴史を探訪出来る古刹である。
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