NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/6/12


田丸城(玉丸城) Tamaru-jou(Tamaru-jou) 

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 田丸城(たまるじょう)は、三重県度会郡玉城町田丸にあった城である。別名・玉丸城(たまるじょう)とも呼ばれる。
 延元元(1336)年、南北朝時代に北畠親房(きたばたけちかふさ)が築き、愛洲氏を城主とした城で、当時は玉丸城と呼ばれ、城をめぐって激しい攻防戦が展開された。
 天正三(1575)年、北畠信雄が3層の天守閣をもつ堅固な城に改修し、田丸城と改称した。
 その後、織田信長の次男・信雄が居城とし、後には蒲生(がもう)氏郷配下の田丸直正が城代となった。
 江戸時代には徳川家紀州藩管理となり、家老の久野氏が代々城代を勤め、明治維新を迎えた。
 現在、城跡は城山公園になっており、公園内には石垣や内堀が残されている。
 田丸城は、戦国時代に争奪戦が繰り広げられた平山城である。
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2007/10/18


小田城 Oda-jyou 

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 小田城は茨城県つくば市、宝鏡山の麓に位置した城である。
 鎌倉時代初期に小田氏の祖である八田知家が築城した。源頼朝の重臣であった知家は常陸守護に任じられ、以降小田氏は関東で勢力を誇った。
 延元四(1339)年、常陸に上陸した北畠親房が小田城で神皇正統記や職原抄を記したことでも知られる。
 茨城県下でも有数の城跡であり、国指定史跡にも指定されている。
 完全な平城であり鐘楼台と涼台が僅かに高い以外は殆どが平地。元々は方形の武家屋敷が増築を繰り返し大きくなったとされる。
 以前は筑波鉄道の線路が引かれていたが現在は廃線となり、遊歩道として整備されている。
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2007/1/23


結城神社 Yuuki-jinjya Yuki Shrine

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 結城神社は、三重県津市にある神社である。主祭神は結城宗広。
 結城宗広は後醍醐天皇の鎌倉幕府討幕運動に参加し、建武の新政以後の南北朝時代にも南朝方として北畠親房・北畠顕家親子に従った。親房らが伊勢国から後醍醐天皇の皇子義良親王(後村上天皇)を奉じて海路を東国に赴く途中に伊勢国で病死したといわれている。
 後醍醐天皇の綸旨も所蔵されている。この場所は古くから結城の森と伝えられ、結城塚や結城明神と呼ばれ崇められていた。
 2月中旬〜3月上旬に、境内に300本のしだれ梅が咲き誇るのが有名である。あたり一面に清々しい香りを漂わせながら優雅に咲き誇るさまは、まるで早春の花絵巻を見ているよう。市の内外から多くの見物客が訪れる。
 1882年、別格官幣社に列格。建武中興十五社の一社である。
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