NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/10/18


小田城 Oda-jyou 

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 小田城は茨城県つくば市、宝鏡山の麓に位置した城である。
 鎌倉時代初期に小田氏の祖である八田知家が築城した。源頼朝の重臣であった知家は常陸守護に任じられ、以降小田氏は関東で勢力を誇った。
 延元四(1339)年、常陸に上陸した北畠親房が小田城で神皇正統記や職原抄を記したことでも知られる。
 茨城県下でも有数の城跡であり、国指定史跡にも指定されている。
 完全な平城であり鐘楼台と涼台が僅かに高い以外は殆どが平地。元々は方形の武家屋敷が増築を繰り返し大きくなったとされる。
 以前は筑波鉄道の線路が引かれていたが現在は廃線となり、遊歩道として整備されている。
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2007/1/26


浪岡城 Namioka-jo Namioka Castle

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 1460年代に浪岡北畠氏によってつくられた。
 1500年代前半の最盛期には、京都と盛んに交流し、寺社を建立するなどしているが、1562年におきた親族間の争いにより勢力が衰え、1578年に大浦(津軽)為信に攻められ落城した。
 以後約400年、城跡は畑や水田として使われ、昭和15年2月10日、青森県で初めて国史跡指定を受けた。
 特徴的な構造として、幅20m、深さ5mほどの二重堀で分けられた8つの館(郭)が扇のように広がり、土塁の上を通路としても使用している。城全体を迷路化し、守りを強化しようとしたものと考えられる。
 また出土品として、食器や調理器具・武器類・農耕具・日用品・宗教用具・建築関係用品など様々なものが4万点以上も見つかっている。
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2007/1/23


結城神社 Yuuki-jinjya Yuki Shrine

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 結城神社は、三重県津市にある神社である。主祭神は結城宗広。
 結城宗広は後醍醐天皇の鎌倉幕府討幕運動に参加し、建武の新政以後の南北朝時代にも南朝方として北畠親房・北畠顕家親子に従った。親房らが伊勢国から後醍醐天皇の皇子義良親王(後村上天皇)を奉じて海路を東国に赴く途中に伊勢国で病死したといわれている。
 後醍醐天皇の綸旨も所蔵されている。この場所は古くから結城の森と伝えられ、結城塚や結城明神と呼ばれ崇められていた。
 2月中旬〜3月上旬に、境内に300本のしだれ梅が咲き誇るのが有名である。あたり一面に清々しい香りを漂わせながら優雅に咲き誇るさまは、まるで早春の花絵巻を見ているよう。市の内外から多くの見物客が訪れる。
 1882年、別格官幣社に列格。建武中興十五社の一社である。
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北畠神社庭園 紅葉 Kitabatake-jinjya-teien Momiji Red Leaves in Kitabatake Shrine Garden

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 北畠神社庭園(北畠氏館跡庭園)は、北畠氏ゆかりの庭園で、国指定の名勝・史跡である。
 秋を彩る北畠神社庭園の紅葉は、庭園との調和も素晴らしく、日本三大武将庭園に数えられる。
 北畠神社は、1530年、細川高国により北畠神社庭園が作られる。850坪、武家書院造庭園で、内から見て楽しむ池泉鑑賞式である。
 1643年に創始された三重県津市にある神社であり、祭神として北畠顕能を祀る、建武中興十五社の一社である。
 紅葉と共に、枯山水、米字をかたどった米字池など風雅な見どころも多い。自然の地形を巧みに活かした造形は室町庭園とも呼ばれ、野趣あふれる造りである。
 野性的なこの庭園は、当時の地方豪族の美的感覚を表わし、往時の面影を偲ばせてくれる。
 紅葉が一杯の秋には、今でも昔と変わらぬ景色を観賞出来る場所である。
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