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2008/3/12


焼山寺 Shousan-ji 

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 四国霊場第12番である焼山寺(しょうさんじ)。開基は修験道の開祖役小角(えんのおづの)といわれ、焼山寺山を道場として拓き、蔵王権現を祀ったことに始まるとされる。
 またこの寺は深い山中にあるため、四国八十八箇所霊場の中でも随一の難所として知られている。
 山号の由来は、のちに弘法大師がおとずれた時、焼山寺山の台地に大蛇がおり、火を吐いて山を焼くなど村人を困らせていることを聞き、水輪の印を結んで退治したことから、とされている。
 仁王門をくぐると、県の天然記念物に指定された見事な老杉が参道両脇に並び、境内には本堂、右手に大師堂、弁天堂、鐘楼、そして大師伝説の残る岩屋がある。
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2007/10/12


早戸大滝 Hayato-ootaki The Hayato Otaki Waterfall

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 早戸大滝(はやとおおたき)は、神奈川県相模原市鳥屋にある落差50mの滝である。日本の滝百選に選ばれている。
 早戸大滝のある早戸川は相模川の支流である中津川の源流であり、標高1673mの蛭ケ岳から丹沢三峰の間、丹沢山塊の北東部の水を集め宮ケ瀬湖に流入している。
 滝は上段約40m、下段約10mの二段になっており、上段の中間に大きな岩が突き出て全容を見ることができないため、別名「まぼろしの大滝」とも言われている。
 また、関東の難所の滝であり、滝まで行く道が整備されていないため、容易に拝むことができない。
 これらの事情から、有名であるにも関わらず訪れる者は少なく、首都圏に暮らすものにとってもその姿どころかありかさえ知る人は少ない。
 早戸大滝は、丹沢山塊にあるまぼろしの瀑布である。
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2007/10/11


法華津峠 Hoketsu-touge 

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 法華津峠(ほけつとうげ)は、西予市(旧宇和町)と宇和島市(旧吉田町)の境にあり、標高は436m。現在はJR予讃線と国道56号がトンネルで一気に通過するが、かつては宇和島街道最大の難所といわれた。今も峠越えの旧道が残ってはいるものの、通る車は少ない。峠の頂上に立つと、眼下にはみかんの段々畑と宇和海が広がる。リアス式海岸と紺碧の海とが織りなす景色は雄大で、晴れた日には遠く九州まで望むことができる。イカ釣りの季節には、漁火が幻想的に浮かび上がる。
 旧道の路傍には、世界的に有名な賛美歌404番の一節「やまぢこえて ひとりゆけど 主の手にすがれる 身はやすけれ」と刻まれた碑が置かれている。これは、キリスト教の教育と伝道に献身した松山市名誉市民の故・西村清雄(にしむらすがお)が、南予伝道の帰路、ひたすら神に祈りつつ作ったと伝えられている。
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2007/8/14


佐田岬 Sada-misaki 

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 四国愛媛県伊方町の日本一細長い佐田岬半島の突端にある岬。四国最西端の岬であり、瀬戸内海国立公園に属している。
 大正七(1918)年四月に点灯した佐田岬灯台からは豊予海峡を挟み大分県佐賀関まで直線15キロである。晴れた日には九州の山並みを見ることができる。
付近は海上交通の要所で黄金碆(おうごんばえ)などの岩礁が多く難所としても知られている。
 平成一〇(1998)年には「日本の灯台50選」にも入っている。
 灯台からの眺めは壮大で美しく、崖の下には15加砲4門を備え海峡を警備していた帝国陸軍佐田岬要塞の砲台跡を見ることができる。
また、周辺には海水浴場やキャンプ場があり、年間、5万人以上が訪れる観光地でもある。
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2007/7/12


ゴロタ岬 Gorota-misaki Cape Gorota

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 ゴロタ岬は、北海道の礼文島北部、礼文郡礼文町船泊にある、険しい岩の突き出た岬である。
 アイヌ語では「神様が住むところ」という意味のカムイ・コタンと呼ばれており、川や海の難所につけられた地名とされる。
 海抜176mの場所にあり、島の西側にせり出した断崖絶壁で、岬からの眺めは360度のパノラマを誇り、トド島・久種湖・礼文岳・利尻富士ら特徴ある景観の地を一望できる。
 海に向かって横たわる恐竜の背中のような独特の形をしており、岬からのびる丘の遊歩道を南下するとゴロタの浜、さらに進むと砂浜が鉄府海岸へと続く。
 ゴロタ岬は、美しい空と海と花と風に逢う事ができる、自然の美しさを満喫できる素晴らしい眺望の景勝地である。
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2007/7/3


昆布刈石海岸 Kobukariishi-kaigan 

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 昆布刈石海岸(こぶかりいしかいがん)は、北海道・浦幌町にある海岸道。十勝川河口から釧路方面へ続く道であり、江戸時代に開削された自然路の名残をとどめるものである。
 明治以前、漁業以外に産業のなかった北海道では、海岸のほかは道路の発達をみなかったという。山間部はアイヌの案内なくしては探検できず、川と海岸こそ十勝の唯一の道だったのである。
 昆布刈石海岸道は、風浪の激しい日には徒歩や馬でも通りにくい難所であったため、浦幌では文化二(1805)年に間道が開削され、十勝と日高、釧路を結ぶ幹線道路として重要な役割を果たすこととなった。
 昆布刈石海岸は、現在は砂利道として当時の名残をとどめるのみだが、広大な太平洋を一望できる景勝地として人気を集めている。海岸には昆布刈石展望台もあり、遥かに広がる水平線を眺望できる。
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2007/6/26


神威古潭 Kamui-kotan 

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 神威古潭(かむいこたん)は、北海道旭川市にある地区の名称である。
 神威古潭は、石狩川が上川盆地を抜けて石狩平野へと流れていく途中の渓谷にあり、川の流れは細く急である。明治以前、水上交通に依存していたアイヌにとっては最大の難所であった。この地名はアイヌ語の「カムイコタン」(神の住む場所)の音訳であり、無事な通過を祈ることから由来すると言われている。
 明治期に函館本線が開通、神威古潭駅も設置され、これで交通の難は解消されることになる。1960年代まで基幹線として使用されていたが、現在は廃線となっている。旧線跡がサイクリングロードとなって駅舎も復元され、風情ある休憩所として利用されているという。駅舎はアーチ部分がキーストン付きレンガ巻き、側壁は切石積、抗門は鳥居型の凝った造りで、格好の撮影ポイントである。
 神威古潭は、紅葉の名所でもあり、毎年秋分の日に行われる「こたんまつり」には大勢の観光客で賑う。
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2007/6/22


旧和田宿本陣 Kyu-wadajuku-honjin Old Wadajuku Honjin

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 旧和田宿本陣(きゅうわだじゅくほんじん)は、中山道和田宿の本陣として文久元(1861)年に立てられたが、同年の大火により焼失した。
 中山道最大の難所、和田峠の手前にあり、この年に行われる皇女和宮様御降嫁の際に宿泊の宿と設定されていたため、幕府から拝借金を得て四ヶ月という短期間で宿場と共に再建された。
 明治維新後、本陣としての機能を終えたが、1984年まで役場や事務所として現役で利用されていた。その後、事務所移転に伴い、老朽化もあって解体される予定だったが、重要な遺構としての価値が認められ解体修理が行われた。現在は「居室棟」部分が復元されている。
 これだけの規模をほこる本陣が残る宿場は大変珍しく、貴重な遺構である。
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