NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/9/10


一夜嶽牛突大会 Ichigayadake-ushitsuki-taikai 

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 日本の闘牛は全国五地域でしか行われていない。そのひとつ、島根県隠岐の島町に伝わる闘牛は「牛突き(うしづき)」と呼ばれる。島では年に三回の本大会が開催されるが、その千秋楽を飾るのが毎年一〇月一三日の「一夜嶽(いちやだけ)牛突大会」である。隠岐闘牛独特の絢爛豪華な土俵入りが披露される。
 隠岐の牛突きは、承久(じょうきゅう)の乱に敗れ隠岐に流された後鳥羽(ごとば)上皇を、島民が慰めるために始めたのが起源とされ、七百年以上の歴史を持つ。隠岐では、子牛のときから角を内側へ矯正するなどして格闘専用に飼育される。また、牛に綱を付けて突かせるのが特徴で、上皇の御前で突かせたため、万一に備えて綱を付けた名残といわれている。
 勝敗を握る綱取り男の厳しいかけ声に、八百キロ~一トンもの巨体がぶつかり合う。鋭く削った角で突き合い、血を流しながらの勝負が数十分、時には一時間にも及ぶ。一方の牛が悲鳴を上げて逃げ出した瞬間に勝敗が決する。
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2008/8/15


やんさんま祭り Yansanma-matsuri Yansanma Festival

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 やんさんま祭りは富山県射水市(いみずし)にある下村加茂神社の春の大祭である。祭礼では走馬(そうめ)の儀、神幸式、牛乗式、獅子舞、流鏑馬などの神事が四時間以上に渡り繰り広げられる。
 この祭では馬と牛が象徴的に登場し、特に牛乗式は全国でもここでしか見られない珍しい神事である。
 走馬の儀では、神の乗りものである馬を駆けさせて神の馬を定め、それを献じて五穀豊穣を祈願する。
 そして牛乗式では赤面の大鼻の形相に扮した若武者が牛に乗って登場し、青竹の大矢で矢を拝殿の屋根に向けて放ち天下太平・五穀成就を願う。牛は農耕の神の化身で、火事を除け疫病を退散させてくれる力があると信じられている。若者たちは力を合わせ、なんとか牛をこの地にとどめようと悪戦苦闘の末、牛を座らせる。
 最後に、武者が馬にまたがり参道を走る流鏑馬が行われて祭が終わる。
 やんさんま祭りは富山県の無形民族文化財に指定されている。
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2008/3/6


倶利伽羅峠 火牛の像 Kurikaratouge Kagyuunozou 

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 倶利伽羅峠(くりからとうげ)は、旧越中国(えっちゅうこく)である富山県小矢部市と、旧加賀国(かがこく)である石川県津幡町との境界である、標高277mの砺波山(となみやま)にある旧北陸道の峠である。
 火牛の像(かぎゅうのぞう)は、山頂にあるくりから公園内の、倶利伽羅古戦場猿ヶ馬場のすぐ近くにあり、角にたいまつをつけた牛が今にも突進しようとするその姿には鬼気迫るものがある。
 寿永三(1183)年、木曽で兵を挙げた木曽義仲は越中国から侵攻し、10万の軍を率いた加賀国側の平維盛の軍と倶利伽羅峠で対峙した。
 義仲は牛の角に松明をくくりつけ、牛を先頭に山を駆け抜けて平家を破った。これは、その「火牛の計」にちなんだモニュメントで、合戦ではこのような牛が4、5百頭平家の陣に襲いかかったという。
 倶利伽羅峠の火牛の像は、源平合戦の昔が偲ばれる彫像である。
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2007/12/20


墨田区 牛島神社 Sumidaku Ushijimajinja 

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 墨田区の牛島神社(うしじまじんじゃ)は、東京都墨田区向島にある神社である。祭神は須佐之男命(すさのおのみこと)、天之穂日命(あめのほひのみこと)、貞辰親王命(さだときしんのうのみこと)。
 貞観二(860)年、慈覚大師が神託によって須佐之男命を郷土守護神として勧請して創祀された。その後、天之穂日命を祀り、ついで貞辰親王がこの地でなくなられた事からその神霊を併せて祀り、「王子権現」と称したという。
 治承四(1180)年には、神社祈願後に豪雨による洪水の中、無事大軍を渡らせた源頼朝が、神の加護に感謝して社殿を経営し、多くの神領を寄進した。
 総桧権現造りの東都屈指の大社殿を持ち、狛犬と並んで左右一対の神牛が奉納されている。
 また、文政八(1825)年ごろに奉納されたと言われる撫で牛があり、江戸時代から庶民に親しまれている。
 墨田区の牛島神社は、古来より今も人々に崇敬されている古社である。
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2007/12/10


大分 岡城 Ooita Oka-jou 

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 大分の岡城(おかじょう)は、大分県竹田市竹田にあった城である。
 文治元(1185)年、源義経を迎えるために緒方三郎惟栄(おがたさぶろうこれよし)により築城されたと伝えられる。
 建武元(1334)年、大友氏の一族である志賀貞朝が大がかりな改修を加え、岡城と名付けた。
 四方を断崖絶壁の谷に囲まれた難攻不落の城として知られ、天正一四(1586)年には4万人近い島津軍を1000人で守った。
 江戸時代は岡藩7万石・中川氏の居城とされたが、明治四(1871)年、廃城となった。
 城の形が牛の寝ている姿に似ていたことから別名・臥牛城(がぎゅうじょう)とも呼ばれる。
 日本さくら名所100選に選定されており、毎年4月に雅な大名行列の桜まつりが行われている。
 岡城は、長い歴史を誇る、歴戦の城跡である。
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2007/5/8


四国カルスト Shikokukarusuto Shikoku Karst

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 愛媛県と高知県との県境にある標高、約1400m、東西に約25kmに広がるカルスト台地。
 日本三大カルスト(四国カルスト、山口県の秋吉台、福岡県の平尾台)のひとつで、最も高い標高からは石鎚山などの周辺の山々が一望できる。
 西から大野ヶ原、五段高原、姫鶴平、天狗高原(標高1485m)までの、なだらかな山肌には、夏は草に覆われた緑のじゅうたん、秋はススキが一面に広がり、一年を通して四季を楽しむことができる。
 乳牛の放牧地帯としても有名で、多くの牛が放牧され、カルスト特有の風景をさらに牧歌的にし、多くの人々が訪れる観光地となっている。
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2007/4/18


岩手 室根山 Iwate Murone-san Mt. Murone

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 岩手の室根山は、岩手県一関市室根町折壁にそびえる標高895メートルの山である。
 室根山は、「奥ノ小富士」とも呼ばれる県南の秀峰で、北上高地の最南端にある独立峰として有名である。
 県立の自然公園にも指定されている自然の宝庫であり、展望台や天文台、キャンプ場などレジャー施設が色々と整い、パラグライダーやハングライダーでも遊ぶことが出来る。
 春はつつじで山全体がピンク色であふれ、秋には紅葉が山を赤く染め上げる。初夏には木々や草花の濃い緑が山を覆い、冬には雪景色がどこまでも続く、白銀の世界が広がる。
 室根山は、季節によって様々な表情を見せてくれる、自然溢れる景勝地である。
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2007/4/2


大窪渓谷 Ookubo-keikoku 

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 大窪渓谷(おおくぼけいこく)は、岩手県大船渡市三陸町吉浜にある景勝地である。
 大窪渓谷は、大窪山の豊かな緑と清らかな流れが調和した渓谷で、夏の深緑や、秋の紅葉期は特に絶景となる。
 自然散策やハイキングにも最適のコースであり、イワナも釣る事が出来る。
 三陸和牛の放牧場が広がるこの辺りは、ドライビングコースとして、またレクリエーションを楽しむ行楽の場としても人気を呼んでおり、人によって色々な楽しみ方が出来る場所である。
 耳を澄ませば小鳥がさえずり、動物や昆虫がひょっこり姿を見せる、自然豊かなエリアで、澄んだ空気をごちそうにのんびり歩くのもまた一興。
 大窪渓谷は、夏は新緑、秋は紅葉と四季折々の豊かな彩りを見せる、名勝である。
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