NIPPON Kichi - 日本吉

記事数32件: 1~8 件表示     >>     >|  

2008/9/1


春日町 おまんと Kasuga-chou Omanto Omanto Festival at Kasuga-cho

Jp En

 春日町のおまんとは、愛知県高浜市の春日神社と八剣神社にて、毎年10月の第1土曜日と日曜日に行われる祭りである。
 1800年代の初め頃、雨乞いのために春日神社と八剣社に馬を奉納したのが起源という説があるが、定かではない。
 はっぴに地下足袋姿の若者が、木材で組んだ1周100mほどの馬場に放たれ、鈴飾りや造花を背負い疾走する馬めがけて、口綱を取って走り回る。西三河地域では最も盛大な祭りとも言われている。
 春日神の境内には、おまんとのためだけに使われる円形広場があり、当日は7町内から集められた40~50頭の馬が、馬場の中に入れられる。参加者が人馬一体となって駆け回る勇壮な風景が繰り広げられる。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2008/7/9


雨乞岳 Amagoi-dake 

Jp

 雨乞岳(あまごいだけ)は、山梨県北部の街、北杜市白州町にある山だ。
 南アルプスの前衛であり、山梨県内に差し掛かる南アルプス山系としては最北端に位置する山で、その標高は2037mある。
 日本にある「雨乞い」の名が付く四岳の一つで、山梨北部はその内陸的気候から雨が少なく、この山で古くから雨乞いが行われてきた経緯があり、それが山名の由来となっているといわれ、昭和初期まで雨乞い行事が行われていた。
 全山樹林に覆われていて展望はあまり利かないが、紅葉の季節になれば色付くカシの木やカラマツと、緑を残すクマササのコントラストが頂への道中を彩る。
 また、マメザクラやヤマツツジ、ミツバツツジなどの彩り豊かな花々もあり、展望だけではない山の楽しみを味わえるだろう。
 山頂は東側が笹原になって開けており、山が南アルプスの北端にあることから他では見られない角度からの甲斐駒ケ岳や鳳凰三山、八ヶ岳などの雄峰がたたずむ姿を楽しむことができる。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2007/11/15


古高鼓踊り Furutaka-ko-odori The Koodori Dance in Furutaka

Jp En

 古高鼓踊り(ふるたかこおどり)は、滋賀県守山市古高町の大将軍神社にて行われる神事である。県の選択無形民俗文化財に指定されている。
 大将軍神社は、衣装に工夫を凝らし拍子・物や歌に合わせ舞い踊る「風流踊り」の流れを汲む古高鼓踊りが継承されている社である。
 鼓踊りは鎌倉時代から始まったとされ、庶民の間で踊られていた田楽踊りに由来し、雨乞いや慈雨に恵まれた時のお礼参りに、独特の節回しの歌声に合わせ踊られる。
 日照りと干ばつに悩まされた農民はその昔、最愛の娘を人身御供に差し出して、雨乞いを祈願した事もあったと伝えられている。
 四人の音頭取りが中央で独特の歌詞を歌い、その周りで太鼓打ちや軍配を持った「ごんべ」や、団扇を持った五〇人の踊り子が二重の輪になって踊るなど、全部で一九もの踊りが存在する。
 古高鼓踊りは、庶民の思いが込められた伝統の民俗芸能である。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2007/10/31


神泉苑 Shinsen-en 

Jp

 延暦一三(794)年、桓武天皇によって平安京が造営された際、大内裏の南にあった湿地帯を利用してつくられたのが神泉苑(しんせんえん)のはじまりである。常に清らかな神泉が湧き出ていることからその名が付いたといわれる。
 神泉苑は霊場としても知られており、天長元(824)年、干ばつのため淳和天皇の勅命によって弘法大師が雨乞いの祈祷をしたといわれる。この時天竺、すなわちインドから勧請したのが祈雨の神様である善女龍王(ぜんにょりゅうおう)で、それ以降善女龍王は神泉苑に住むようになり、善女龍王を祀るお堂が建てられた。
 また貞観五(863)年に疫病が流行り、神泉苑にて多くの御霊を鎮めるため御霊会が行われた。全国の国の数である六六本の鉾を立て、厄払いをしたのが、のちの京都三大祭のひとつである祇園祭のはじまりであるとされる。
 法成就池(ほうじょうじゅいけ)に架かる朱塗りの橋は法成橋という。願い事を一つだけ心に念じながら橋を渡り、善女龍王にお参りすると願望が叶うといわれている。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2007/10/22


篠田の花火 Shinoda-no-hanabi Shinoda Fireworks

Jp En

 篠田の花火(しのだのはなび)は、滋賀県近江八幡市にある篠田神社で毎年5月4日に開催される祭礼である。
 江戸時代に雨ごいの返礼として、硝石(しょうせき)で花火を作り、奉納したことに始まる。
 高さ約15メートル、幅約25メートルの杉板に描かれた絵柄に、硫黄・硝石・桐灰を調合して和火薬を作り塗りこむ。日本古式の仕掛花火である。
 仕掛け花火は約1か月かけて作られ、花火の絵柄はその年に話題を呼んだ題材が選ばれる。
 午後7時に太鼓が威勢良く鳴り響き、大松明が宮入し、篠田神社の境内に建てられる。午後9時頃、花火が奉火され、境内が火勢と煙に包まれる。廻火や乱玉、爆音が飛び散る中、煙の中から幻想的な花火絵が繰り広げられる。
 篠田の花火は、左義長まつり、八幡まつりなどを含むこの地域の火祭りのひとつである。これらの祭りは総称して近江八幡の火祭り(おうみはちまんのひまつり)と呼ばれ、国選択重要無形民俗文化財に指定されている。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2007/10/1


知立 山車からくり Chiryu Dashi-karakuri Chiryu Float Karakuri

Jp En

 知立・山車からくり(ちりゅう・だしからくり)は、愛知県知立市の知立神社にて隔年で5月2日~3日に行われている祭りである。国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 知立神社は景行天皇四二(112)年に創建された三河の二の宮であり、まむし除け・雨乞い・安産の神として信仰を集めている。祭神は、鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)他3柱。
 知立では、江戸時代からからくり人形を町内の人が工夫して作り、受け継いできた。人形の機構も精巧ではなく、ありあわせの雑木と布で作られてきた。
 知立の山車からくりは、山車の上で浄瑠璃にあわせて、からくりだけで物語を上演する大変珍しいもので、山車からくりとしては、もっとも発達した形とも言われる。
 知立・山車からくりは、市民の誇りといえる伝統文化である。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します




野田雨乞笠おどり Noda-amagoi-kasa-odori Amagoi Kasa-odori Dance in Noda

Jp En

 野田雨乞笠おどり(のだあまごいかさおどり)は、愛知県刈谷市の野田八幡宮で毎年八月下旬に開催される、雨乞いを今に伝える行事である。
 神前にお神酒とお灯明を供え、踊りを奉納する。
 雨乞い唄と采配が始まると、踊り手は太鼓を内に向かい合い、両手に桐の木で作った「つろろ」と呼ばれる短いバチを持って踊りだす。またホラ貝の音色に合わせて、踊り手が空を仰ぎ見る所作もある。
 踊り手は浴衣をたくし上げた姿で、赤いたすき、つばの広い一文字笠の姿をし、凛とした姿で舞う。
 正徳二(1712)年から三百年近くの間引き継がれており、昭和初期に一旦打ち切られたものの、現在は保存会の手で伝承を守っている。市指定無形民俗文化財に指定されている。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2007/9/25


皆一踊り Minaichi-odori The Minaichi Odori Dance

Jp En

 皆一踊り(みないちおどり)は、島根県隠岐郡知夫村郡に伝わる、民俗芸能である。村の無形民俗文化財に指定されている。
 室町時代の頃から続く、狂言小唄の面影を残すとされる民間伝承の踊りとされる。
 毎年旧暦の八月一五日に、島内の村役場近くにある一宮神社境内にて奉納されている。
 起源は不明であるが、本来は豊作祈願として奉納されていたが、風祈祷や雨乞いの際にも歌詞を変えて奉納されることがあったと言われている。
 雨ごいの歌や太鼓のリズムに乗せ、扇子を手にした人々が輪になりって太鼓を囲み、ゆるやかな歌と太鼓に合わせてゆったりと優雅に踊る。
 皆一踊りは、古くから続いてきた、狂言風流系の珍らしい郷土芸能である。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



記事数32件: 1~8 件表示     >>     >|  
NIPPON Kichi - 日本吉 - 日本語に切り替える NIPPON Kichi - 日本吉 - to english

モノ・コト・ミル・ヒトで綴る
日本の美意識。

現在の記事 5445
カテゴリーズ
都道府県
キーワードシャッフル
お気に入り
キーワード検索
閲覧履歴



Linkclub NewsLetter