NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/10/1


弥五郎どん祭り Yagoroudon-matsuri 

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 弥五郎どん祭りは宮崎県都城市山之口町で行われる祭りで、その他、日南市と鹿児島県の2ヶ所でもおこなわれている。山之口町の祭りは毎年11月3日に行われる。
 養老四(720)年、隼人の乱が起きたとき、南九州を支配していたのが隼人族首長「弥五郎」であった。朝廷との戦いで敗れ、戦没者の霊を慰めるため朝廷側が法生会(ほうじょうえ)を行った。その時、首長の「弥五郎」を模した大きな人形を作ったことが始まりである。
 赤い面に白い麻の衣をつけた大人形で、高さ4メートル。祭りになると迫力満点の人形が神輿行列とともに町を練り歩く。
 また他の2ヶ所の「弥五郎どん祭り」は弥五郎の次男と三男を慰めたものであると言われている。
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2008/9/2


吉浜細工人形 Yoshihama-saiku-ningyou 

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 吉浜細工人形は、愛知県高浜市に伝わる民芸品であり、県の無形文化財にも指定されている。
 細工人形は、身近に有る貝殻や種子、木竹の皮などの自然物を、竹などで作った骨組みの上に飾り付け、歌舞伎や伝説、縁起物などの場面を作る、ジオラマのようなものである。
 毎年5月の8~10日に高浜市の吉浜地区にある宝満寺、柳池院の祭礼「花の塔」に細工人形が展示される。
 伝承によると約300年前の創始といわれ、人形は全て等身大で作られる。古くは造花等を用いて製作していたが、明治の中頃に自然物を利用するようになった。出来上がった作品は、元の素材が分からないほどの臨場感溢れる作品に仕上がる。
 また、全国各地で造られる菊人形の元になったといわれている。
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2008/8/26


朝日文楽 Asahi-bunraku 

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 明治初期、朝立浦の井上伊助が、松ノ木の瘤や桐の木で、人形の頭や胴体を作り、一口浄瑠璃で人形を操ったことが朝日文楽の起こりとされている。
 その後、徳島県の平六座から本格的な頭、衣装、道具を購入し、財産家、地区住民の支援によって次第に整えられていった。
 人形は一体およそ20キロ。人形一体を3人で動かす。また眉や眼が動く仕掛けもあり、喜怒哀楽の表情や、見栄を切るときの表情に迫力をつけることもできる。
 明治四三(1910)年、大阪の道頓堀の朝日座を模して、朝立の埋立て地に芝居小屋「朝日座」が建てられ、その朝日座を中心に活躍したことから、朝日文楽と命名された。
 以来、戦争などによる盛衰や、高齢化などの問題はあったものの、郷土の誇りとして保存伝承するため、町をあげて努力している。
 昭和三九(1964)年に愛媛県指定の重要文化財にもなり、ますます注目されている。 
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2008/7/15


相良人形 Sagara-ningyou 

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 相良人形(さがらにんぎょう)は、山形県米沢市に伝わる土人形である。東北三大土人形のひとつとされている。
 安永七(1778)年、米沢藩主である上杉鷹山(うえすぎようざん)が、領内の産業振興のため、藩士・相良清左衛門厚忠(さがらせいざえもんあつただ)に命じて製陶所を設けて作らせたのが起源とされる。
 清左衛門は諸芸に通じ、特に彫刻をよくしたので、その特技を活かして京都の伏見人形の型を学び、堤人形にも影響を受けながら、独自の人形型で土人形を創始し、自らの姓をいれ相良人形と呼んだ。
 相良人形は江戸から明治にかけて数多く作られ、中でも江戸期のものは古相良(こさがら)と呼ばれ重宝されている。
 現在は、鯉担ぎ・前帯女郎・像乗り童子など、100種余りが制作されている。
 相良人形は、とても可愛らしい、伝統の郷土民芸品である。
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2008/7/14


ニポポ人形 Nipopo-ningyou 

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 ニポポ人形(にぽぽにんぎょう)は、北海道網走市の網走刑務所にて製作されている人形である。
 ニポポとはアイヌの神で、「木の小さな子」とか「小さな木の人形」などの意味があり、どんな願いでもかなえて幸福をもたらしてくれると信じられ、アイヌの人々に大切にされてきた。
 小さいものはエニシテ・ニポポと呼ばれ、お守りとして身に付けられてもいたという。
 ニポポ人形は、昭和二九(1954)年の朝鮮動乱後、網走刑務所にて、元樺太新聞・高山長兵衛がデザインして彫刻家・谷口百馬が原型を彫ったものを元に、刑務所で製作して市と観光協会が民芸品として売り出したのが始まりといわれている。
 人形は、7cm~50cm位まで10種ほどが存在している。
 現在のニポポ人形は、アイヌに伝わる人形を元に、刑務所受刑者がエンジュの木を一本一本手彫りで制作した郷土民芸品である。
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2008/7/1


イナウ人形 Inau-ningyou 

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 イナウ人形(いなうにんぎょう)は、北海道釧路市阿寒町近辺に伝わるアイヌの人形である。
 阿寒湖の湖畔にはアイヌの集落であるアイヌコタンがあり、イナウ人形はここで作られている。
 イナウとは、アイヌの祭具のひとつで、人間とカムイや先祖を取り持つものとされた。
 イナウは、形としては木の棒に2本の紙垂れをつけた神道の祭祀で用いられる御幣(ごへい)によく似ている。全て一本の木の棒から出来ており、ヤナギ・ミズキ・ハシドイなどの樹皮を剥いで、白木を薄く削ったものが垂れ下がっている。
 病気の回復や猟の安全と収穫の祈願、風水害にあった時など、イナウを作って神に捧げた。
 このイナウの手法を生かして作られたのがイナウ人形で、男女のアイヌ人像や弓矢を持ち狩りをするアイヌ人などが存在する。
 イナウ人形は、悪神を追い払う力もあると伝えられる、アイヌの郷土民芸品である。
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2008/6/24


大野勇太郎 Oono Yuutarou Yuutarou Ohno

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 1935年、東京都生まれ。株式会社大野精密・代表取締役社長。
 北豊島工業高校卒業後、8ミリカメラ製作会社へ入社。1978年に歯車製作の株式会社大野精密を起業。大野氏は江戸時代のからくり人形を高精度の歯車製作の技術を駆使して現代に蘇らせている。
 工学書で「からくり人形」の存在を知ったことをきっかけに、細川半蔵の著書「機功図彙(からくりずい)」という解説書の複製を入手。本業の合間に解読を進め、それから約二〇年もの間、茶運び人形・指南車・からくり時計などを作り続けている。細川半蔵とは江戸時代に「からくり半蔵」と呼ばれた技術者である。
 顔と衣裳を除いた、約八〇点ほどの部品を使い組み立てられる人形は、なるべく当時の方法を残すようにして作られているという。江戸時代と現代が融合した機能美がここにある。
 今後は弓を引いて的に当てる「弓張り童子」の復元をしたいという大野氏。江戸時代の先達に敬意を持ちながら、からくり人形を通じてものづくりのロマンを現代に伝え続けている。
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2008/4/22


アクリルのからくり人形 Akuriru-no-kawakuri-ningyou Acrylic Karakuri Doll

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 「からくり」は、機巧、絡繰、機関などと書かれるように、日本の伝統的な機械仕掛けのものを指し、特に江戸時代には、時計の歯車の技術を導入した精巧なからくり人形が作られた。
 その「からくり」の仕掛けをわかりやすく図示して世に公開したのが、土佐の郷士、細川半蔵である。この江戸時代の機械工学書『機功図彙(からくりずい)』は多くの職人が技術を発展させるきっかけになり、日本のロボット製造技術の原点ともいわれている。
 そして20世紀に誕生したアクリル樹脂。半蔵の「公開魂」は、この「からくり」を復元した大野勇太郎にも受け継がれ、アクリル製のからくり人形が誕生した。
 現在の最先端技術による透明な歯車の美しさ、それが組み合わさった姿、そして歯車の動く様子が見られるのがすばらしい。
 綺麗な着物を着た人形が美しくお茶を運んでくれる。そのこと自身がとてもエキサイトであるが、中味を知りたい。作りたい。そして仕掛けも綺麗に見せたい。
 そんな職人達の気持ちが日本の美意識を支えている。
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