NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/9/22


知念城 Chinen-jou 

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 知念城(ちねんじょう)は、五穀発祥の地とされる、沖縄県南城市知念にあった城である。
 古城と呼ばれる野面積み石垣の郭と、新城と呼ばれる切石積み石垣の郭に分かれており、両者の築造時期にはかなりの時代差がある。
 伝説によると、古城は天孫氏時代(12世紀末~13世紀)の築城とされている。
 新城は、内間大親(うちまうふや)が15世紀後半築城したと伝えられている。内間大親は第二尚氏の始祖・尚円が反乱によって王になる以前に、内間ノロとの間にもうけた息子であるという伝説も残っている。
 太平洋を見下ろす標高100mの丘陵上にあり、城内には男子禁制の久高島遥拝所もある。
 普段は忘れ去られたようであるが、東御廻い(あがりうまーい)の巡礼地として、祭礼の際には多くの人が集まる。
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2008/9/8


灘のけんか祭り Nada-no-kenka-matsuri 

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 「灘のけんか祭り」とは、兵庫県姫路市白浜町の松原八幡神社で行われる秋季例祭の俗称。11世紀には、この例祭の原点となる祭礼が始まっていたとされる。
 神輿をぶつけ合い、絢爛豪華な屋台を練り合わせ、華やかさと勇壮さで他に類を見ない「灘のけんか祭り」。全国の「けんか祭り」の中でも最大規模の祭りである。
 祭礼は宵宮(夜宮)と本宮(昼宮)に分かれ、まず前夜祭に当たる10月14日の宵宮で幕を開ける。各村の氏子たちがそれぞれの村の屋台を担ぎ上げて松原八幡神社に赴き練り合わせをし、お祭り気分を盛り上げる。祭り本番の翌15日には、屋台と共に3基の神輿を担いでお旅山の麓の練り場に向かい、ここでけんか祭りの名にふさわしい壮絶なぶつけ合いを行う。その後、練り場に次々と6台の屋台が進み、色とりどりのシデ棒が波打つ中、勇壮豪奢な練りを見せ、祭りはクライマックスを迎える。
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2008/9/1


岩滑新田 神明社の祭礼 Yanabe-shinden Shinmei-sha-no-sairei 

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 岩滑新田(やなべしんでん)神明社の祭礼は、愛知県半田市岩滑の神明社にて毎年4月中旬の土日に行われている神事である。
 神明社は、元禄四(1691)年、天照大神を祭祀としたのが始まりとされる。
 山車祭りは大正初期に始まったが、祭りの担い手である青年会の解散により昭和二九(1954)年、一時は途絶えた。しかし昭和五二(1977)年、再び復活した。
 祭礼では、前日の夕方から提灯で飾った岩滑新田の山車、平井組神明車と奥組旭車が引き出される。山車の彫刻は新美常次郎の手によるものであり、丁寧で美しい。本祭りの日は神明社から秋葉社、津島社を経て、神子、三番叟、神楽が奉納される。
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2008/8/29


西成岩 成石神社の祭礼 Nishi-narawa Naruishi-jinja-no-sairei 

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 山車の町半田市では毎年三月下旬から二ヶ月にわたり、週末になると各地区で盛大な山車祭りが行われる。地区の一つ、西成岩(にしならわ)では「成石神社の祭礼」が四月の半ばの土・日に行われる。
 明治時代に作られ、大正時代に改造された西組敬神車(けいしんぐるま)と彦洲組日之出車(ひのでぐるま)の二台の山車の曳き回しが行われる。彫刻や金刺繍入りの幕で飾られた山車は見応え充分である。
 成岩神社境内では「巫女舞(みこまい)」、「神楽(かがく)」、「三番叟(さんばそう)」の奉納と餅投げが行われ祭りを盛り上げる。
 いつもは静かな境内もこの日は大きな幟(のぼり)が上がり、各種露店が並び、たくさんの人達で賑わう。また、神社前の勇ましい山車の坂上げに神社の境内からも大歓声があがり、祭りは最高潮に達する。地区の人々の歴史的伝統のある祭りへの思いや意欲が感じられる。
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2008/8/28


白山神社の祭礼 Hakusan-jinja-no-sairei 

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 白山(はくさん)神社の祭礼は、愛知県半田市協和町の白山神社にて毎年4月中旬の土日に行われている神事である。
 白山神社は加賀の白山神社を本宮とし、孝徳天皇の御代(645~654)に創建された。祭神は、菊理姫命。
 祭礼には、砂子組白山車、西組協和車の2台の山車が曳かれる。市内を眼下に見渡す白山神社境内に山車を曳き上げる「坂上げ」と「坂下ろし」は勇壮なもので、多くの観客が集まる祭りの最大の見所となっている。
 本祭りの日は、午前中に町内曳き廻しを行い、午後に2台の山車が揃って白山神社に向かって、山車の坂上げ、三番叟、巫女の舞の奉納の後、餅投げが行われる。
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2008/8/26


下半田 業葉神社の祭礼 Shimo-handa Nariha-jinja-no-sairei 

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 愛知県半田市下半田(しもはんだ)の業葉(なりは)神社では、毎年4月中旬の土日に祭礼が行われる。
 業葉神社は、古来より八幡宮と尊称していたが、天保八(1837)年、古書により神名帳にある業葉天神である事が判明し、改称した。祭神は、仲哀天皇他6柱。
 祭礼では朝、業葉神社に曳き出された4台の山車が、神楽終了後、各町内を曳き廻され、夕方、一旦神社境内に集合して夜を待つ。
 夜7時頃になると、山車は上山を高く掲げ提灯をともす。その数は1輌に約200個といわれ、山車が闇の世界に蘇ったようになる。
 点灯が終わると三番叟、糸からくり人形による太平楽の舞、采振り、巫女舞を奉納し、再び夜の町内に曳き出される。
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2008/6/6


八幡馬 Yawatauma 

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 八戸をはじめ南部地方に伝わる、木彫り馬の郷土玩具が「八幡馬(やわたうま)」といわれる。仙台の「木ノ下駒」、福島の「三春駒」と共に日本三駒と呼ばれている。
 八幡(やわた)の一ノ宮である櫛引八幡宮(くしひきはちまんぐう)で、年に一度「流鏑馬」の祭礼が行われた際、参詣者のお土産として境内で売り始めたのが、約七百年前だと言われている。
 もともとは、農家の人たちが農閑期に副業として、八幡馬を作り始めたのが始まりとされる。当時は、親子馬が乗る台に四つ車がついており、引いて遊べる男の子用のおもちゃも売っていたという。
 胴体は、黒(鹿毛)・赤(栗毛)・白(芦毛)などの原色を使って鮮明に彩られており、馬の模様は八戸名産である「食用菊」や、八戸の名所である「蕪島(かぶしま)のうみねこ」などが使われており、八戸の特色を馬体に表しているという。昔から変わらず、ひとつひとつ丁寧に手作業で作られている。
 八幡馬は縁起物として、また記念品やお祝いの品として幅広く知られている。
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