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2008/10/27


多度祭 tado-sai 

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 多度祭(たどまつり)は、三重県桑名市多度町にある多度大社にて、毎年五月四日・五日に行われている例祭である。県の無形民俗文化財に指定されている。
 多度大社は、五世紀後半に社殿が建てられたとされる古社である。祭神は天津彦根命(あまつひこねのみこと)。
 祭りでは、氏子の中より神占いによって選ばれた少年6人が、武者姿にて2m余りの絶壁を人馬一体となって駆け上がる古式上げ馬神事や、流鏑馬神事が花形となっている。これらの行事の起源は、南北朝の頃といわれる。
 元々は、武家豪族ならびに氏子逹が古式のまま神様に奉納する行事として行っていたが、戦国時代に荒廃し、江戸時代に桑名城主・本多忠勝及び忠政により祭事が復興された。そして更に神饌を供える地区の組織「御厨」による広大な祭事となって今日に至る。
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2008/10/17


虎踊 Tora-odori 

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 虎踊(とらおどり)は、神奈川県横須賀市西浦賀に伝わる伝統芸能である。
 毎年六月の第二土曜日に、西浦賀にある為朝神社(ためともじんじゃ)で舞われ、奉納されている。
 享保五(1720)年に奉行所が伊豆下田から浦賀に移転した折に一緒に伝えられたとされ、人形浄瑠璃作家・近松門左衛門の「国姓爺(こくせんや)合戦」を題材にしたという。
 踊りは歌舞伎や唐人踊りが取り入れられた珍しいもので、国姓爺合戦に登場する和藤内(わとうない)もそのまま登場、唐に渡った和藤内が、唐の子供である唐子達と交流を深め、暴れまわる虎を神符でもって退治するという筋書きである。
 虎は親子二体で、親虎には大人一人が入り、子虎には子どもが二人ずつ入って、『シラミ取り』や 『谷のぞき』など本物さながらの迫力ある芸を魅せてくれる。
 県の無形民俗文化財にも指定されており、異国情緒を放つ豪快な物語は、今も見る人々を惹きつけて止まない。
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北風原 羯鼓舞  Narai-hara Kakkomai 

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 北風原の羯鼓舞(かっこまい)は、千葉県鴨川市北風原(ならいはら)で伝承されている伝統芸能である。
 毎年七月の第四日曜日に、北風原地区の春日神社の例祭として、請雨山(しょううさん)の愛宕神社の獅子神楽と一年交代で奉納されており、どちらも愛宕神社境内で行なわれている。
 その起源は定かではないが、一説には室町時代の天文年間(1532~1554)、安房国主であった里見義実(さとみよしざね)の命により、雨乞いと豊作を祈念して始められたと伝えられている。
 雄獅子と雌獅子、中獅子からなる三匹の獅子が、腹につけた雅楽や能楽用の鼓である羯鼓を軽快な調子で打ちながら舞い踊られる、三匹獅子舞の形態をとっている。
 恵みの雨が降ることを天に託した、農民たちの切なる願いが込められたその舞いは、県の無形民俗文化財にも指定されており、今も保存会の人々により、脈々と受け継がれている。
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2008/10/15


下総三山の七年祭り Shimousamiyama-no-shichinen-maturi 

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 下総三山の七年祭り(しもうさみやまのしちねんまつり)とは、千葉県船橋市三山にある二宮神社で開催される例祭である。
 丑年と未年にあたる年、つまり数え年で七年に一度の催行のため、七年祭りの名で呼ばれることが多いが、正式には「二宮神社式年祭」という。
 五百五十年以上の歴史があるといわれ、千葉県の無形民俗文化財にも指定されており、九月に小祭が、一一月に大祭が行なわれる。
 大祭は船橋市、千葉市、八千代市、習志野市の九神社の神輿が二宮神社境内に参拝に訪れる大規模な祭礼で、主として安産祈願のお祭りである。
 その特色として、参加する各神社の神輿が、それぞれ父役や母役、子供役、産婆役などになって神事を進行するところにあり、二宮神社での昇殿参拝が安産御礼の祭りに当たり、その後に行なわれる磯出式が安産を祈願するお祭りだといわれている。
 毎年の開催というわけには行かないが、今も多くの人々が訪れる、下総地方を代表する寄合祭りとなっている。
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2008/9/10


疱瘡踊り Housou-odori 

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 疱瘡(ほうそう)踊りは、鹿児島県南さつま市に伝わる郷土芸能である。県の無形民俗文化財に指定されている。藩政時代から踊り継がれてきた古い踊りである。
 治療方法が分からなかった時代、疱瘡やコレラなど、人力の及ばない病気はひたすら神仏に加護を求め、悪疫の終息を願うしかその術を知らなかった事から、これが疱瘡踊りの起源といわれている。
 天然痘が絶滅し、踊りも一時途絶えていたが、終戦後に復活し、今では毎年二月一一日に、地域の行事や花尾神社の大祭などで踊られている。
 踊りは、女性20名程度と歌い手3~4名で構成される、歌のリズムに合わせた静かなもので、踊り手・歌い手とも着物姿で、手には神様を守る力があるという御幣(シベ)を持って踊る。
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中山の虚無僧踊 Chuuzan-no-komusou-odori 

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 鹿児島県鹿児島市に伝わる中山(ちゅうざん)の虚無僧踊(こむそうおどり)は、七月下旬に白山神社で奉納される踊りで、昭和三八(1963)年に県の無形民俗文化財に指定されている。
 虚無僧踊が始まった由来は、豊臣氏が滅亡したとき、豊臣家の家臣親だった有水善右衛門重政(ありみずぜんえもんしげまさ)が主家の再興を図って農兵を興そうとして踊りを教えたという説と、王政復古の頃に、虚無僧に扮した幕府の密使が無礼な振る舞いをしたため、農民たちが持ち合わせていた天秤棒で密使を打ち果たしたという二つの説がある。
 この踊りは棒踊りの一種で、踊り子の中心は中山町下の平馬場・福永・真方・大薗の四地区の二才組と呼ばれる青年達である。虚無僧と棒つかいが、棒・小太刀・扇子と三種の持ち物を扱い、体型や踊りに変化を持たせて勇壮活発な踊りをみせる。
 
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2008/9/8


朝倉の梯子獅子 Asakura-no-hashigo-jishi 

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 朝倉の梯子獅子(はしごじし)は、愛知県知多市新知の牟山(むさん)神社にて毎年10月第1日曜日に行われている神事である。県の無形民俗文化財に指定されている。
 牟山神社は、文永三(1266)年に藤原源太正成が創建したと伝えられる古社で、天御中主尊、大己貴尊、少彦名尊を祀る。
 慶長三(1598)年、村に現れたイノシシが農作物を荒らしたので、これを梯子攻めにして退治した。翌年、例祭にて梯子に登る雄獅子の舞を演じたのが始まりとされている。
 梯子獅子では、31段の梯子と高さ約9mの櫓の上で、雄獅子の面をかぶった二人一組の獅子がお囃子に合わせて曲芸的な、はなれ技を演技する。
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阿久比谷虫供養 Agui-dani-musi-kuyou 

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 阿久比(あぐい)谷虫供養は、愛知県知多郡阿久比町にて毎年9月23日の秋分の日に開催されている行事である。県指定の無形民俗文化財とされる。
 虫供養は、農作物を収穫するために殺生した虫の供養のため念仏を授ける行事で、融通念仏の始祖・良人上人(1072~1132)の教えにより、平安時代から始まったとされている。
 現在、阿久比谷では町内13地区の持ち回りで当番を受け持ち、当番になる地区では寒干しや土用干しを行いながら1年の準備をかけ、虫供養当日を迎える。
 会場には7つの番小屋と大道場が建てられ、午後1時頃になると道場から「南無阿弥陀仏」の念仏が聞こえ、百万遍念仏が始まる。訪れる者は、小屋の前で静かに手を合わせ、虫供養と豊作の感謝をする。
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