NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/12/6


秩父 久昌寺 Chichibu Kyusho-ji 

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 秩父三十四箇所観音霊場のなかでもとりわけ風光明媚なのが、秩父市久那の久昌寺。本堂は、秩父地方の技法建築であり、その観音堂と池、竹との調和が美しく、人気の高い札所の一つである。秩父三十四箇所(ちちぶさんじゅうよんかしょ)とは、埼玉県秩父地方にある34か所の観音霊場のこと。
 観音堂は三間四面、堂内には宮殿形の厨子に本尊聖観音が納められ、本尊は一木造りの立像、室町時代の作という。
 秩父霊場草創の話の発端に、書写山を開いた性空上人が従者を従え秩父札所を巡った時、夢で閻魔大王に遭い、石の通行手形をもらったと伝えられている。その手形を御手判(おてはん)と言い閻魔の庁も無事に通れると言うもの。これにちなんで御手判寺ともいわれる。
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2007/11/26


保泉院 木造閻魔大王坐像 Hosen-in Mokuzou-enma-daiou-zazou 

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 東京都の日の出町にある、豊かな緑に抱かれた古刹、保泉院(ほせんいん)。そこに、見る人の心まで覗き込むような迫力に満ちた坐像が手厚く安置されている。
 それが、木造閻魔大王坐像(もくぞうえんまだいおうざぞう)である。
 文明五(1473)年、仏師の了戒によって造られたといわれ、高さ89cmほどの檜の寄木造りで、鎌倉期彫刻の特徴である豪快な造作を良く現している。
 この造りは、日本各地に見られる江戸時代初期に造られた他の像の先駆的な例といわれており、歴史的にも貴重なため、東京都の文化財にも指定されている。
 江戸時代に入って彩色が施されており、今もその彩色の一部が残っている。
 つりあがった眉やカッと見開かれた目は、まさに地獄の裁判官である閻魔大王の持つ迫力を伝えている。
 地元の人々の間では「平井のえんま様」として親しまれており、五百年を経た今も、この世に睨みを利かせている。
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2007/10/11


宇和島 西江寺 Uwajima Seigou-ji 

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 西江寺(せいごうじ)は臨済宗の禅寺で、宇和島では「えんま様」と呼ばれ親しまれている。貞治四(1365)年、京都東福寺開山聖一国師(しょういちこくし)の法孫和尚によって開山された。寛永二(1625)年には宇和島藩初代藩主の伊達秀宗(だてひでむね)により現在地に移され、今日に至っている。
 本堂内には、伊予生まれの天才芸術家・村上天心(むらかみてんしん)作の「閻魔大王木彫座像」「閻魔大王画彫像」「地獄極楽絵図」などがあり、広々とした堂内に迫力を添えている。年に数回、一般公開される。
 寺の庭園は県の名勝に指定。三尊石を中心に左右対象に鶴亀を配し 枯山水の様式を用い、バランスよく仕上げられている。桃山式より江戸初期の作庭といわれ、時代の特色を取り入れようと苦心した跡が見られる。清水を使わない枯山水の美的効果がよく生かされている点では、四国一との呼び声も高い。
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2007/1/29


賽銭箱 Saisen-bako Offering Box

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 お賽銭とは祈願した神様や仏様に、願いの成就に対する感謝として供えるお金であり、古来は米や金銀といった価値のあるものを供えていたものが貨幣経済の発達に伴い、金銭に代わったものである。
 賽銭箱はこれらを受け取るためのもので、室町期に鶴岡八幡宮にお賽銭が散らばらないように集める「散銭櫃」を置いたとされ、これが「賽銭箱」の始まりと言われる。
 その後、江戸時代に伊勢詣でなどの旅が盛んになったことから賽銭箱の風習も全国に広がり、現在のような形となった。
 上部が木枠になった箱が一般的な形だが、深川閻魔堂の19の投入口を持つ賽銭箱や江島神社の辺津宮の巾着型をした賽銭箱など変わった形をしたものもあり、訪れる人を楽しませている。
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2007/1/28


桂昌寺跡 地獄極楽 Keishouji-ato Jigoku-gokuraku Jigoku-Gokuraku (heaven and hell) Cave at Keishoji Temple Ruin

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 洞窟型地獄巡りで、江戸の天台僧午道法印が文政3(1820)年に作った。
 江戸末期、大衆教導の場として造られた全国でもまれな洞窟。ノミで掘って当時のままを残しているのは貴重なものといわれる。
 入るとまず閻魔大王の裁判を受け、牛頭(ごず)馬頭(めず)に引かれて地獄道(40m)を進む。その先で脱衣婆(だつえば)が不気味に待っている。さらに進むと血の池地獄があり、赤鬼青鬼が待ち構える。地獄道を抜けると今度は極楽道(30m)となる。途中の十三仏に助けられて極楽浄土へと迎えてくれる来迎(らいごう)弥(み)陀(だ)や観音・勢至菩薩(せいしぼさつ)の前に出る。
 その横の竪穴を鎖づたいに5mほど登ると、その丘上が極楽浄土で、阿弥陀(あみだ)如来(にょらい)をはじめ多くの菩薩と一緒にすばらしい景色を楽しむことができる。
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2007/1/18


木之本地蔵院 Kinomotojizoin Kinomoto Jizōin Temple

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 滋賀県伊香保木之本町の中心部に広い境内を持ち、延命息災、眼病に霊験あらたかな時宗の寺として知られている。675年、祚連(それん)上人が大阪湾に流れ着いた仏像をこの地の柳の大木の根元にご本尊として祀ったのが始まりとされ、木之本の名前もこれに由来する。
 本尊の地蔵菩薩立像は、高さ162cm。眉間に白毫をはめこんだ寄木造の彩色像で、その地蔵菩薩を挟んで左右に向かい合って立つ閻魔王(えんまおう)立像・倶生神(ぐしょうじん)立像とともに、明治三十二(1899)年、国の重要文化財に指定されている。鎌倉時代の絹本著色地蔵菩薩像や平安時代の木造阿弥陀如来立像など、多くの寺宝がある。日本三大地蔵尊の一つ、像高約6mの巨大な地蔵尊が立ち、訪れる人を驚かせる。
 また、昔からこの寺には、片方の目をつむった蛙が人々の身代りの願をかけ住んでいると言われ、地蔵尊の足下にはたくさんの身代わり蛙が奉納されている。
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