NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/11/19


【哲】 Tetsu Wise, Sagacious

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 この字の上の部分は「折」ですが、旧字形ではかなり違います。
 「斤」は斧の形ですが、「扌」は、手ではないのです。手で斧を使うのは常識ですので、いちいち記す必要はありません。ここでは斧で作られる対象が描かれています。宮島の厳島神社などには、「神梯」とよばれる神が天に陟(のぼ)り降りするときに用いる梯(はしご)があります。中国の聖地にもよくある木製の梯です。「哲」の字の上部の「扌」は神梯であり、斧で神梯を作ることを表します。そして、下部の「口」は祝詞を入れる器であるので、この字は神を迎えるときの心や精神状態を象(かたど)っています。それで、古代から「明らか」、「賢明」という意味がありました。
 王様のことをこの形容詞で表すこともよくありました。同じ意味で祝詞の器「口」の代わりに「心」を置く字体もあり、古い辞書には「敬なり」という意味を説明しています。
 広く東アジアに影響を及ぼし、徳川幕府の政治哲学思想にもなった朱子学は「敬」を指導概念にするもので、この哲の旧字体「悊」の字義に該当します。
 また、これよりも前から吉二つをあわせる異体字の「喆(てつ)」があります。後漢の時代に記された字書『説文解字』に基づいて白川静先生は吉三つからなる「嚞(てつ)」も紹介しています。
 
■ 哲/悊・金文(きんぶん)左
■ 哲・古文(こぶん)右
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2007/11/8


播州そろばん Bansyuu-soroban 

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 兵庫県の播磨平野に位置する小野市は、播州そろばん(ばんしゅうそろばん)の産地として知られ、全国生産の七〇パーセントを占めるそろばんの町である。昭和五一(1976)年、国の伝統的工芸品に指定された。
 このそろばんの特徴は「すわり」「さえ」「気品」にあるといわれる。珠の動きに安定感があり、動きやすく止まりやすい「すわり」、珠を払うときに出る澄んだ「さえ」と呼ばれる音色、そして入念な細工と正確な組み立てによる優美な存在感が「気品」として表われている。
 珠は、別名斧折(おのおれ)とも呼ばれる堅い樺(かば)を用いてつくられるが、価値の高いものとなると、柘植(つげ)や黒檀(こくたん)などが用いられる。
 良質な木や竹をつかい、熟練された職人によって伝統ある技術品をつくりだす播州そろばんは、単なる計算道具というだけではなく、手や指先を使いながら心を和ませる作品として幅広く愛用されている。
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2007/7/30


本成寺 節分鬼踊り Honjou-ji Setsubun-oni-odori 

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 節分鬼踊り(せつぶんおにおどり)は、全国で行なわれている節分豆まきの行事と同じく、法華宗総本山本成寺で行なわれる節分行事の一環である。
 本成寺は山号を長久山と号し、日蓮大聖人の法孫、日印尊聖人によって永仁五(1297)年に開創されたと伝えられる歴史の長い寺で、地元民のみならず、全国の信徒の信仰も厚い。
 行事では、鋸・斧などの刃物をふりかざす赤・緑・黄・青・黒の鬼どもと三途川婆(そうずかば)を、その年の年男、年女が豆を投げて退散させ、一年の平和と安全を祈る。
 豆を投げられて本堂から逃げ出した鬼どもは、境内にある「鐘楼堂」に逃げ込んで、鐘を撞いて改心するのだという。
 戦国時代に、戦乱に乗じた略奪兵を、本成寺の僧侶と農民達が力を合わせ退散させたという古事にのっとって行なわれたのが「鬼踊り」の起源だとされている。
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2007/6/20


寺野ひよんどり Terano-hiyondori 

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 寺野ひよんどりは、静岡県浜松市北区引佐町にて毎年正月3日行われている祭りである。国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 「火踊り」が訛り伝えられたのが、ひよんどりの名称の起こりと云われており、寺野のひよんどり、三日堂の祭り、鬼踊りなど様々な名称で呼ばれている。
 引佐町寺野にて約430年前から世襲によって伝承されてきた民俗芸能で、宝蔵寺観音堂で行われる。
 真っ白な雪が舞い降りる山あいの小さな堂で「神楽」が奉納されたあと、夕刻まで15の舞が演じられる。太郎、次郎、三郎の三鬼が登場する「鬼の舞」の時に盛り上がりは最高潮に達し、舞手と鬼は斧で松明を打ち叩くなど、もみ合うように激しく舞い踊る。
 寺野ひよんどりは、勇壮豪快な伝統の火踊りである。
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2007/5/10


磊々峡 Rairai-kyou 

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 磊々峡(らいらいきょう)は、宮城県仙台市太白区秋保町湯元にある渓谷である。
 磊々峡の名は、ドイツ文学者の小宮豊隆(こみやとよたか)によって名付けられた。
 覗橋(のぞきばし)が磊々峡のほぼ真ん中に位置し、この橋を堺に上下約1kmにわたり、深さが20mにも達する渓谷美が続く。
 両岸の秋保石を浸食しながら流れる水が、急流となったり深い淵となったりしていて、変化に富んだ峡谷の風景を描いている。
 覗橋から始まる遊歩道には、奇面巌、八間巌、時雨滝、三筋滝、猪飛巌、天斧巌などの見所があり、その厳しい自然の織り成す不思議な美しさは必見である。
 渓谷沿いの木々の葉が鮮やかな新緑の頃や、紅葉に染まる頃は水面に映え、一段と美しい景観を魅せてくれる。
 磊々峡は、奇岩・峡谷美をたっぷりと堪能出来る心安らぐ場所である。
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2007/4/19


大鐘家住宅 Oogane-ke-jyuutaku The Ogane Family’s Residence

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 大鐘家住宅は、静岡県牧之原市片浜にある旧家の民家である。母屋と長屋門は国の重要文化財に指定されている。
 大鐘氏は、戦国時代には柴田勝家の家臣であった。江戸時代中期から末期までの間、この地方の大庄屋となり、また豪農として3000石以上の格式を持っていた。
 手斧造りの母屋は、慶長2(1597)年頃の建築といわれている。母屋の横には、小堀遠州作と伝わる庭園もある。
 長屋門前には1万2千本のアジサイ、3千本の花菖蒲が咲く「あじさい庭園」もあり、5月下旬〜7月上旬には「あじさい祭」が開催される。
 米蔵を改装した蔵の資料館は、宝物の展示やギャラリーとして使用されている。
 大鐘家住宅は、江戸の暮らしを今に残す古民家である。
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2007/4/16


高麗家住宅 Komakejuutaku The Koma Family’s Residence

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 高麗家住宅(こまけじゅうたく)は、埼玉県日高市新堀の高麗神社敷地内にある、社家・高麗家の住居である。
 この家は、江戸時代初期の重要民家として昭和46(1971)年、重要文化財に指定された。
 建築されたのは慶長年間(1596〜1614)との伝承があるが、明確な資料はなく、構造手法から17世紀中頃まで遡ると言われている。
 入母屋造りの茅葺屋根で、山を背に東に面して建てられ、間取りは5つの部屋と比較的狭い土間とから成り立っている。
 柱や梁は全部丸味のある手斧で仕上げられ、柱の数は多く、梁は全面的に細い材木を使っている。
 高麗家住宅は、江戸の昔が想像される、神職の旧家である。
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2007/2/1


鶉車 Uzura-guruma Quail Toy Cars

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 鶉車(うずらぐるま)とは、福島にて昔から作られる、車玩具である。
 鶉は体長20cmほどの小鳥で、頭は小さく体は丸く、尾が短い。褐色の地に黒や白の細かいまだら模様があるのが特徴である。
 福島の鶉車は百済から岩代の国(福島県)に住み付いた渡来人が、100歳を迎えた記念に寺院を建立し、その際に手斧で出来る木っ端片から発想を得て作ったのが始まりとされる。
 九州の宮崎県でも鶉車は作られているが、起源は大変似ていて、朝鮮から渡ってきた者が作ったとされている。
 宮崎の例をはじめとして、車玩具は西日本に数多く、東日本では珍しい。東北の地にも鶉車が存在するという、玩具県福島の奥行きの深さに感嘆する。
 鶉車は、江戸の昔の遊び心を今に伝える素朴な玩具である。
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