NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/7/3


麒麟獅子頭 Kirin-shishigashira 

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 麒麟獅子舞(きりんししまい)は因幡地方、現在の鳥取県に伝わる獅子舞である。
 獅子舞は中国から伝わったもので祝いの席や神事の時に祭囃子に合わせて獅子が踊るものである。江戸時代の慶安元(1648)年に初代鳥取藩主となった池田光仲がはじめたといわれている。
 頭は中国の伝説の動物である麒麟の角と面長な頭部、そして獅子の太い眉と口が融合したもので、舞はこの頭を被る二人たちの獅子舞とやはり中国の伝説上の動物である猩猩(しょうじょう)の姿をした先払いの三人で舞う。
 麒麟獅子の頭の中でも国府町の稲荷神社にあるものが一番古く一六世紀、室町時代の作といわれている。
 鳥取県以外では、広島の広島東照宮、北海道利尻島の長浜神社だけにしか見られない伝統芸能であり、麒麟獅子舞は鳥取県の無形文化財に指定されている。
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2007/10/11


因幡三山 Inabasanzan Inabasan-zan Mountain

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 因幡三山(いなばさんざん)とは、鳥取県国府町にある甑山(こしきやま)、今木山(いまきやま)、面影山(おもかげやま)の三つの山の総称。 この一帯は、奈良から平安・鎌倉の時代にかけて、政治文化の中心地として繁栄し、因幡国府が置かれた場所である。万葉集の編纂者で有名な大伴家持が、天平宝字二(758)年、因幡守に命ぜられてやってきたことでも知られる。
 万葉集の巻末を結ぶ有名な歌、「新しき年のはじめの初春の今日降る雪のいや重け吉事(いやしけよごと)」は、ここ因幡の地で詠まれたものであり、このことから万葉集はこの地で編纂作業を進められたと考えられている。
 国府を中心として東に甑山、西に面影山、南に今木山が位置し、国庁の正殿から因幡三山を望むことができたという。面影山は女性、甑山と今木山は男性の姿に見える。
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因幡国庁跡 Inaba-kokuchoato 

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 因幡国庁は、大化の改新(645年)の後、全国各地に置かれた地方行政庁のひとつ。国の史跡に指定され、因幡国庁跡総面積3万2000平方mのうち、約7000平方mが史跡公園として整備されている。
 この場所からは、1キロ平方m四方におよぶ建物の遺構が発掘されたほか、木簡、硯、瓦片、土師器(はじき)、須恵器など、飛鳥時代の文化・政治を知るための貴重な遺物が出土している。
 因幡国庁と言えば、万葉集の編纂者としても名を馳せた大伴家持が、天平宝字二(758)年、因幡守に任命され、やってきたことでも有名だ。国庁からは東に甑山、南東に今木山、西に面影山の「因幡三山」が見える。これらの山々を眺めながら万葉集の最後を飾る歌「新しき年のはじめの初春の今日降る雪のいや重け吉事(いやしけよごと)」を詠んだ。
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2007/5/11


三百田氏住宅 Sanbyakudashi-jutaku The Old House of the Sanbyakuda Family

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 三百田(さんびゃくだ)氏住宅は、鳥取県若桜町内の吉川集落にあった庄屋・三百田氏の旧宅で、現在は若桜郷土文化の里に移築・復元されている。
 「一代普請方合力人数帳」という古文書には、819人が一年以上かけてつくりあげ、江戸中期の元禄七(1694)年に完成したことが記されている。
 建築様式は因幡地方の特徴である、入り母屋茅葺き屋根で梁行四間・桁行七間半のいわゆる「四八」の造り。内部は土間ぞいに広間を持つ「広間型三間取り」である。
 一部の梁は鉋で仕上げられており、当時の民家としてははるかに先進的な工法であるが、これは、播州の宮大工が普請したことと関係すると見られている。また小屋梁や床下の大引のつくりから、地元の材木を工夫して大切に用いているのがわかる。
 外装には中国地方の古民家特有の「置き千木型」の棟飾りが施され、重厚な茅葺き屋根と相まって庄屋らしい堂々たる風格を感じさせている。
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鳥取 雨滝 Tottori ame-daki The Amedaki Waterfall

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 雨滝(あめだき)は、鳥取県鳥取市国府町にある滝で、日本の滝百選にも選定されている。
 扇ノ山(おおぎのせん)から流れ出す袋川にかかる滝で、落差40m、幅4mという鳥取県隋一の飛瀑を誇る。
 玄武岩の岩肌を飛沫を上げて流れ落ちる様は迫力満点。
 滝の周囲はトチ、ケヤキ、ブナなどの原生林に囲まれ、秋になると玄武岩と鮮やかな紅葉との調和が神秘的で美しく、それらは四季折々の表情を見せてくれる。
 春は新緑が目に眩しく、冬は雪に包まれた荘厳な景色で訪れる人を圧倒する。
 古来より霊場として修行・信仰の場となっており、かつて旧暦8月1日には「お滝まいり」が行われていた。現在では、毎年6月第一土・日曜日に「滝開き祭り」が開催され、傘踊りや神事などが盛大に行われる。
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白兎神社 Hakuto-jinja Hakuto Shrine

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 白兎(はくと)神社は、「古事記」の因幡の白兎伝説にゆかりのある小さな神社。鳥取県鳥取市に所在する。
 「因幡の白兎」とは、島にいた白兎がワニを騙して本土へ渡ったため、怒ったワニに皮を剥ぎ取られてしまったところを大黒様に助けられたというお話。
 白兎神社の祭神は、この大黒様に助けられた白兎である豊玉姫命だ。
 境内の池は、白兎が大黒様の言葉に従って体を洗ったとされるもの。
 創建年は定かではないが、現在の社殿は明治二九(1896)年に再建されたものだ。境内にはタブ、シイ、カクレミノなどの常緑樹がうっそうと生い茂り、神秘的な雰囲気が漂う。
 日本海沿岸の原始林の特徴を残すものとして国の天然記念物に指定されている。
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樗谿神社 Oochidani-jinja Ochidani Shrine

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 鳥取県鳥取市上町に所在する樗谿(おおちだに)神社。国道から外れて細道をたどった奥、モミやシイなどの木立にたたずむ簡素で気品のある神社だ。
 鳥取初代藩主・池田光仲が曽祖父の徳川家康を祀るために、慶安三(1650)年に建立したもの。
 江戸時代には東照宮、東照大権現などと称されたが、明治に入り、神仏分離令により樗谿神社に改称された。
 荘厳な趣の社殿と石玉垣をめぐらせた本殿、平唐門の中門、入母屋造の拝殿、弊殿は国の重要文化財である。本殿の扉の上にある鷹の彫刻は、江戸時代の伝説的な彫刻職人・左甚五郎作と伝えられている。
 境内を流れる樗谿川はゲンジボタルの生息地としても有名。初夏の日没後、一帯は幽玄の世界に包まれる。
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鳥取 玄忠寺 Tottori genchu-ji Genchuji Temple

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鳥取県鳥取市の新品治町(しんほんじちょう)の町並みから外れたところにひっそりと佇む「玄忠寺」。
 伊賀越仇討ちで知られる剣豪・荒木又右衛門(あらきまたえもん)の菩提寺である。
 昔から初夢に「一富士、二鷹、三茄子」を見ればその年は首尾よく生きられるとされるが、これは日本三大仇討ちから来ているという。「三茄子」は、荒木又右衛門が首尾を果たした伊賀越仇討ちに由来し、茄子のヘタがイガイガしていることから「伊賀」にかけて「三茄子」とする。
 玄忠寺の境内には、荒木又右衛門の墓と遺品館があり、実際に決闘に使われた太刀や鎖かたびらなどの遺品資料が展示されている。
 庫裏では、倉吉市出身の日本画家・高木百拙(たかぎびゃくせつ)による見事な「羅漢ふすま絵」を見ることもできる。
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