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2008/9/5


卯三郎こけし Usaburou-kokeshi 

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 卯三郎(うさぶろう)こけしは、群馬県北群馬郡榛東村にて製作されている民芸品である。昭和二五(1950)年、岡本卯三郎(おかもとうさぶろう)によって考案・創設された。
 それまでの技法や概念に捕らわれず、こけし製造に特殊機械を取り入れ、筆のみだった絵付けに彫刻やニクロム線で焼く技法を使用した。
 更に、材料として一般的に使用されているミズキの他に、美しい木目をもつケヤキや栗材を何とかこけしに生かせないかと考え、苦心の末独自の技術で新しい感覚のこけしを生み出した。
 木のぬくもりを生かした、優しくて暖かい表情が魅力で、常に新しいものを造り続ける所が特徴の近代こけしとされる。
 
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2008/7/7


熊野筆 Kumano-fude 

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 熊野筆(くまのふで)は、広島県安芸郡熊野町で生産されている筆である。国の伝統的工芸品に指定されている。
 江戸時代の18世紀末ごろ、平地の少ない熊野では、農業だけでは生活が苦しいため、農閑期を利用して、奈良地方から筆や墨を仕入れ、売り捌いていた。
 今から約170年前には、広島藩の工芸の推奨により、全国に筆、墨の販売先が広がり、本格的に筆づくりの技術習得をはじめた。
 明治時代になると義務教育が始まり、筆の需要が高まって熊野筆は大いに発展した。
 特殊筆など、注文に応じて幅広い製品を生産しており、現在、原料の毛は中国やカナダから輸入され、軸は国内各地の竹と中国や台湾からの輸入品が使用されている。
 熊野筆は、今もなお親から子供、孫へと技術が受け継がれている、伝統工芸品である。
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2008/7/2


天平筆(雀頭筆) Tenpyouhitsu(Jantoupitsu) 

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 「天平筆(てんぴょうひつ)・雀頭筆(じゃくとうひつ)」は、芯となる毛に和紙を巻き、其の周りに毛を植えて穂を作るという製法の筆で、歴史は古い。
 日本に現存する最古の筆も、現在、正倉院に収蔵され、聖武天皇ゆかりの御物として伝え残る「天平筆(雀頭筆)」である。その「天平筆(雀頭筆)」は、17点の筆からなり、大きさ、長さ、筆管の装飾、筆帽の装飾、竹の種類、筆の穂などが、それぞれで異なっている。また、使われてる原毛も、狸毛、兎毛、鹿毛、羊毛、馬毛と、さまざまな種類の原毛が使用されており、象牙や黄金、銀糸などの高価な装飾が施されている点から、日用品としてではなく、観賞用、装飾品などに使われていたと考えられている。
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2008/1/24


肥後こま Higo-koma 

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 熊本県熊本市の「肥後こま(ひごこま)」は、鮮やかな色が特長の郷土玩具である。
 肥後こまの色は五色あり、頭の部分に筆で、赤・黄・緑・黒と華麗な色付けをし、外側は必ず白い木地のままにしておくのが特徴である。赤は心臓、黄は肝臓、緑はすい臓、黒は腎臓、そして白は肺というように、それぞれが身体の五臓にたとえられ、健康長寿への願いが込められている。
 江戸時代は武家の子弟の遊びであったが、明治時代に入り庶民の間に広がり、子どもの玩具、土産物として親しまれるようになった。
 こまになる材料は、伐採後五年から一〇年乾燥させた椿やコヤス、サルスベリ等が使われている。
 肥後こまの種類には、トンボ、チョンカケ、ヒネリ、坊主、唐人、出ベソ、二段、ドンベン、ダルマ、タッツケ、マンジュウ、コショウ、ニシキの一三種類がある。その中でも特別な演技目的があるチョンカケなどには、ツバキ等の重くて堅い木が使用される。チョンカケごまとは、肥後こまの中でも代表的なもので、紐を使って空中で回すものである。
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2007/12/26


書道 Shodou 

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 書道とは「言葉」が持つたたずまいや力を筆と墨で書きつけ、表現する事である。筆、墨、紙、硯(すずり)の道具を使用する。
 筆圧の強弱や墨の濃淡なども大きく影響し、少しの違いから印象が大きく変わる事もある。その文体で書いた人間の人柄を推察する事ができる。
 書道は中国を発祥としており、日本でも初等教育で義務教育として授業に盛り込まれている。
 一般的には最初は規律制やバランスを学び、基本が確立されると独自性のある書き方へと移行していく。同時に伝統を継承し、豊かな情操を養う事を目的としている。
 白紙に黒い文字を書く、シンプルなものであるが表現方法に悩ませ、楽しませ、また感銘を与える「学・芸・道」の文化である。
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2007/12/7


川尻筆 Kawajiri-fude 

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 天保九(1838)年、広島県川尻の菊谷三蔵(きくたにさんぞう)が、現在の兵庫県にあたる摂州の有馬から筆を仕入れ、寺子屋などで販売したのが「川尻筆(かわじりふで)」の始まりである。
 その後、筆を仕入れるだけでなく、この地で筆の製造を始めることを村人に呼びかけ、安政六(1859)年に初めて川尻筆がつくられた。川尻の上野八重吉(うえのやえきち)が有馬や松江から職人を呼び、初めての試みとして高品質の「ねりまぜ製法」、大量生産の「ぼんまぜ製法」を扱い、川尻筆の名は次第に全国に広まった。
 明治時代における学制の制定から筆の需要が高まり、さらに川尻筆墨株式会社の設立もあって、技術や経営でも発展し続けた。
 第二次大戦中に多くの職人を失ったうえ、戦後の学制の変更で学校習字が廃止され、生産が衰退したが、昭和四二(1967)年に「川尻毛筆事業共同組合」が設立、続いて昭和四六(1971)年には学校習字が復活した。平成三(1991)年に県の伝統的工芸品の指定を受け、川尻筆の伝統は今なお大事に受け継がれている。
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2007/9/26


髙橋欣也 Takahashi kinya Kinya Takahashi

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 高度な絵画的表現力と、化学的な技法。友禅染は、世界に類を見ない芸術様式だ。
 京都の染工房、株式会社髙橋德は、約一〇〇年にわたり、老舗「染めの千總」と取引を行なってきた伝統を誇る。
 同工房ではこの伝統芸術を守り、「今を生きる友禅」を伝える試みを行なっている。世界のトップファッションデザイナー、山本耀司のドレス・ジーンズ等を手がけ、また著名アーチストのCG絵画から掛け軸や屏風等を製作した。さらに京友禅を塗り絵感覚で体験できる、手描友禅染教室を一般に開講している。
 「人々に受け入れられてこそ、伝統も技術も残っていきます。受け入れられるものとは何か、それをいつも考えています」と欣也さんは語る。
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2007/8/6


仙台御筆・宮城野萩筆 Sendai-ofude Miyagino-hagi-fude Sendai Ofude (Brushes), Miyagino Hagi-fude

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 仙台御筆(せんだいおふで)とは、慶長十九(1614)年に仙台藩祖伊達政宗が、大阪より筆職人を招聘(しょうへい)して筆師育成と共に、学問と勧業の両面を積極的に奨励したことから生まれたものである。
 筆職人を召抱えて以降は、常時筆師の育成が行われ、藩士たちの内職としても作られたことから、そうした切磋琢磨により技巧もより精細となっていく。
 丁寧な技法や仕事振りで生み出される筆の名声は高まっていき、ついには時の将軍に献上されたことから、恭しく「仙台御筆」と呼ばれるようになったといわれている。
 そんな筆製作技術が向上する中、趣味人でもあった政宗公が仙台藩の狩場である宮城野原に自生していた萩を軸にして作らせたのが宮城野萩筆(みやぎのはぎふで)である。
 野趣性あふれる軸と、その先に付く繊細な筆先との組み合わせは、広く全国の歌人や俳人に好まれ、仙台御筆における象徴的な逸品として、今も多くの愛好家に親しまれている。
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