NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/7/30


棒の手 Bou-no-te 

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 「棒の手(ぼうのて)」は愛知県に古くから伝わる、代表的な民俗芸能の一つで、剣術や棒術など武術の形を踊りにした、いくつもの流派を持つ日本舞踊である。
 棒の手の起源は定かではないが、一説によると本郷城主、主丹羽若狭守氏清(たんばわかさのかみうじきよ)が、農民達に武術を習得させたのが始まりだといわれている。丹羽氏の勢力と共に各地に広まったとする説や、修験道の影響が大きいとする説もある。
 以来、棒の手は若者衆により受け継がれ、小学校卒業から一六歳頃までの一定の年齢に達した男子は、青年会などの組織に入り、棒の手の手習いを受けたという。月に六回練習日を決めて通い、三年または六年目にしてようやく、年齢、技量、人格が備わった者にのみ免許が与えられる、厳しい道であったとされる。
 現在も県内各地でその各流派の伝統が守り続けられており、木刀や槍、薙刀などを使った迫力のある技が披露されている。
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2008/2/21


猩々緋色(ショウジョウヒイロ) Shoujouhi-iro 

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 猩々緋色(しょうじょうひいろ)は日本古来の伝統色のひとつで、極めて鮮やかな赤色のことである。染料の原材料はケルメスという昆虫であったが、その後ケルメスより更に色の強いコチニールカイガラムシが使われるようになったといわれている。
 「猩々」とはオランウータンの和名でもあるが、元々は中国の伝説上の動物を指すといわれている。猩々は猿に似た、酒を好む動物で、顔だけでなく体毛も赤いと言われている。日本では猩々が能の演目としても定着しており、歌舞伎や日本舞踊でも演じられている。猩々緋色はその猩々の鮮明な赤い色に由来している。
 戦国時代の武将に大変好まれた色といわれており、南蛮船で猩々緋色に染められた、羅紗(らしゃ)という毛織物が輸入されるようになると、裾の長い羽織物として好んで着用したといわれている。
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2007/12/4


ちりかん Chirikan 

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 ちりかんは、頭の飾り部分がバネで支えられている、古典的な簪(かんざし)である。
 簪は、女性が髪を結う時に使う日本の伝統的な装身具であり、特に江戸時代後期には様々な種類の物が作られ、髪を飾った。
 ちりかんは他のかんざしと大きく違い、下がりだけでなく飾りもゆらゆらと揺れる簪で、土台の先端に細いスプリングを取り付け、さらにその上に飾りを付ける事で、飾り自体がゆらゆらと細かく揺れる仕組みになっている。
 飾り同士が揺れてぶつかり合うと金属的なチリチリという音をたてたことから、「チリチリ音のする簪」で、ちりかんと呼ばれるようになったと言われている。
 芸者衆などが前差として用いる事が多く、舞妓がお座敷を務める際に使われたり、日本舞踊など日本髪のかつらをつけての踊りに広く使われている。
 ちりかんは、揺れる飾りが若々しさを表す、伝統の髪飾りである。
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2007/10/16


よさこい祭り Yosakoi-matsuri Yosakoi Festival

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 その生れは以外に新しい。戦後の不況を吹き飛ばそうと、高知商工会議所が発案し、1954年から始まった祭り。徳島の阿波踊りを意識して作られた。
 鳴子(なるこ、作物を狙う鳥を追い払う農機具)を手に持って鳴らすことを思いつき、現在でもよさこい祭りの重要なアイテムになっている。
 開始当初は日本舞踊の振り付けを踏襲した盆踊りスタイルであったが、武政英策(たけまさえいさく)氏が楽曲の自由なアレンジを許したため、その後色々なバリエーションを生むことになった。現在ではサンバ、ロック、ヒップホップ、演歌、フラメンコ、フラダンスなど各々のチームが趣向を凝らした楽曲と振り付けを披露し、伝統を色濃く残す「正調」とともに観客を楽しませている。
 因みに「よさこい」とは、夜さり来い(夜にいらっしゃい)という古語が変化した言葉。
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2007/4/24


京和傘 Kyouwagasa 

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 京都府で作られる和傘。
 その歴史は中国より仏教とともに伝えられたのが始まりといわれる。平安時代には身分の高い人物のみが持つ、日除け用として存在した。
 江戸時代に入ると一般の庶民にも出回るようになった。その後「分業制」が発達し大量生産が可能になり、浮世絵などにも和傘を持つ女性が登場するなど、大流行となった。
 製品は「孟宗竹」を使って骨組みを作る。そして「和紙」を貼っていく。「蛇の目傘」や茶会などの休憩場所などによく見られる「野点傘」などが有名である。京都の和傘業者は現在では2軒のみとなってしまったが、京和傘のもつ繊細で優美な美しさと独特な風合いは、愛好家のコレクションとして、また日本舞踊、演劇などの小道具、茶会、伝統行事になどに用いられ、今も親しまれている。
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2007/2/15


日本舞踊 Nihon-buyou Japanese Dance

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 日本舞踊は日本の伝統的舞踊の総称であり、現在においては歌舞伎舞踊、上方舞、新舞踊などをさす。
 名称の通り歌や楽器にあわせて「舞い」「踊る」ことを行なうもので、江戸時代に歌舞伎の祖である出雲の阿国が歌舞伎踊りを行なったことが始まりとされる。
 歌舞伎舞踊は歌舞伎の劇中や単体の演目としても行なわれ、所作事とも言い、舞台で演じられる。対して上方舞は座敷内で行なうものをさし、主に関西方面で演じられた。
 新舞踊は大正時代に生まれたもので、演歌、民謡、歌謡曲などの音楽に振り付けをして自由に踊る。
 伝統芸だけではなく、現代の歌曲も柔軟に取り入れる多面性を持ち、現在も進歩を続ける芸能である。
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日本の美意識。

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