NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/9/28


高水山古式獅子舞 Takamizusan-koshiki-shishi-mai 

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 東京、青梅市にある高水山(たかみずさん)。標高756mの山は、古くから山岳宗教の霊地として崇められ、麓には古刹として知られる高水山常福院がある。
 その、常福院の春の祭礼で奉納されるのが高水山古式獅子舞(こしきししまい)である。
 明和五(1768)年に奥多摩町大丹波村より師匠を招いて舞を習い、寛政七(1795)年に免許状ともいえる「日本獅子舞之由来」を伝授されたという。
 東京、埼玉、神奈川北部でよく見られる三匹獅子舞であり、大丹波を起点として、リレー式に伝承されていったといわれている。
 その舞は伝統を重んじた古式ゆかしいものとして知られ、大太夫(おだい)、小太夫(こだい)、女獅子の組合わせで、歌と楽器がつく。楽器の中には細かく割り束ねた竹を擦り付けて鳴らすささらと呼ばれるものも使用され、そのことから「ささら獅子舞」とも呼ばれている。
 戦時中も途絶えることなく毎年奉納された舞は、境内に咲く紫つつじとも相まって、いっそうの魅力を今に伝えている。
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2007/9/25


皆一踊り Minaichi-odori The Minaichi Odori Dance

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 皆一踊り(みないちおどり)は、島根県隠岐郡知夫村郡に伝わる、民俗芸能である。村の無形民俗文化財に指定されている。
 室町時代の頃から続く、狂言小唄の面影を残すとされる民間伝承の踊りとされる。
 毎年旧暦の八月一五日に、島内の村役場近くにある一宮神社境内にて奉納されている。
 起源は不明であるが、本来は豊作祈願として奉納されていたが、風祈祷や雨乞いの際にも歌詞を変えて奉納されることがあったと言われている。
 雨ごいの歌や太鼓のリズムに乗せ、扇子を手にした人々が輪になりって太鼓を囲み、ゆるやかな歌と太鼓に合わせてゆったりと優雅に踊る。
 皆一踊りは、古くから続いてきた、狂言風流系の珍らしい郷土芸能である。
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2007/8/13


河内口説 Kawachi-kudoki 

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 河内口説(かわちくどき)は宇和島市吉田町河内地区に約250年前から伝わる、祖先の霊を祀るとともに、豊作祈願として奉納されてきた盆踊りであり、伝統的な民俗行事である。
 口説(くどき)とは、歌・語り・踊りの要素を持つ物語形式の歌詞民謡の一種で、踊口説(おどりくどき)とも呼ばれる。河内口説は主に叙情的な歌舞伎や芝居の名場面を題材としており、踊り手は色鮮やかな衣装やかつらをまとい、音頭に合わせて優雅な踊りを披露する。
 このような形は、隣接する明浜町の渡江(とのえ)の盆踊りにも見られ、この地域に伝承されている格調も高い稀少な伝統芸能とされている。
 河内口説は昭和六〇(1985)年に町指定無形文化財に指定された。
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2007/2/6


えぼし岩 Eboshi-iwa Eboshi Rock

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 えぼし岩(烏帽子岩)は、神奈川県茅ヶ崎海岸にある岩である。
 えぼし岩とは、茅ヶ崎海岸沖合1.2kmにある、大小30数個の小島が集まった姥島(うばしま)の、中央に突き出た高さ15mの岩である。
 えぼし岩の誕生は、300〜600万年前といわれている。周辺の地層は茅ヶ崎最古のもので、海底に堆積した地層が隆起したものといわれる。
 えぼし岩付近は昔から絶好の漁場で、江戸時代には伊豆の漁師と地元小和田の漁師との間で漁場争いが起こったりもした。
 昔のえぼし岩は現在のものより先端部分がより烏帽子らしく、西へ長く尾を引いていたが、戦後、米軍の射撃訓練の標的にされ、その先端部分は消失してしまった。
 えぼし岩は、今でも湘南の人々に愛される、茅ヶ崎のシンボルである。
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