NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/1/29


賽銭箱 Saisen-bako Offering Box

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 お賽銭とは祈願した神様や仏様に、願いの成就に対する感謝として供えるお金であり、古来は米や金銀といった価値のあるものを供えていたものが貨幣経済の発達に伴い、金銭に代わったものである。
 賽銭箱はこれらを受け取るためのもので、室町期に鶴岡八幡宮にお賽銭が散らばらないように集める「散銭櫃」を置いたとされ、これが「賽銭箱」の始まりと言われる。
 その後、江戸時代に伊勢詣でなどの旅が盛んになったことから賽銭箱の風習も全国に広がり、現在のような形となった。
 上部が木枠になった箱が一般的な形だが、深川閻魔堂の19の投入口を持つ賽銭箱や江島神社の辺津宮の巾着型をした賽銭箱など変わった形をしたものもあり、訪れる人を楽しませている。
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2007/1/25


熊野古道 Kumano-kodou The Ancient Road of Kumano

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 熊野古道は、三重県東紀州にある、石畳の美しい道である。
 熊野古道は、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の、参詣道のひとつであり、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)に詣でるための道である。
 古代、熊野周辺は神々の住む聖地、死霊の集まる再生の地として崇拝される場所であった。
 1090年、白河上皇の熊野行幸をきっかけに熊野三山への参詣が頻繁に行われるようになった。江戸時代に入ると、熊野詣は「蟻の熊野詣」と言われるほど広く庶民の間で行われるようになった。
 明治維新後、神仏分離令により熊野古道周辺の神社の数は激減。熊野詣の風習も殆どなくなってしまった。
 熊野古道は、浄土と再生の地として信仰されてきた熊野へ至る祈りの道として、地域の中で今も生き続けている。
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2007/1/22


おはらい町 Oharai-machi Oharai-Machi Town

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 おはらい町は、三重県伊勢市にある、昔ながらのおみやげ屋などが並ぶのが有名な、伊勢神宮の門前町である。
 神宮内宮宇治橋前から五十鈴川に沿って続く「おはらい町」は、内宮の鳥居前町として発達してきた。
 伊勢特有の切妻・入母屋・妻入り様式の土産物店や銘菓の老舗、旅館が軒を連ね、神宮道場や祭主職舎などの歴史的建造物もある。
 宇治橋から800m続き、町の一角には、江戸時代「おかげ参り」で賑わった事から、新しく伊勢路の町並みを復元した観光名所の「おかげ横丁」がある。
 おはらい町には、昔ながらの食べ物屋やみやげ物屋が並び、ただ歩いているだけでも知らない内に時が過ぎてしまう。
 時間を忘れて楽しめる場所、それがおはらい町である。
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2007/1/11


大窪寺 Ookubo-ji Ookubo Temple

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 香川県さぬき市にある四国八十八ヶ所(お遍路)の八十八番目のお寺。
 四国霊場八十八ヶ所は弘法大師空海が自らの修行の場、さらに大衆の災難を取り除くために開いた霊場である。「八十八」は人間の煩悩の数と言われ、お遍路さんが八十八ヶ所を巡ることにより、すべての煩悩を消し去り、願いを叶えることができるとされている。
 八十八番目、「結願所」とされるこの寺は、本尊の薬師如来が安置されている。本来、像の右手には「薬のつぼ」を持っているが、ここの像は「ほら貝」を持ったものである。
 人々の苦しみや悩みを吹き払うためといわれている。
 本堂奥にはきらびやかな二重多宝塔がある。またその奥には、空海が修行した岩窟も残っている。
 お遍路さんは、この寺で結願を済ませると、無事お役目を果たした証として杖、菅笠をこの寺に奉納する。その数は数え切れない。
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2007/1/8


雲辺寺 Unpenji Unpenji Temple

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 雲辺寺は、徳島県三好市池田町にある真言宗御室派の寺である。四国霊場66番札所で、ご本尊は千手観世音菩薩。
 雲辺寺山(標高927m)にあり、四国高野とも呼ばれている。境内は約40haの広さで、杉、ひのき、モミ、トガなどの古木に囲まれている。
 弘法大師が16歳の時、深遠な霊山の趣に心うたれて堂宇を建立したのがはじまりで、大同2(807)年、嵯峨天皇の勅を奉じて再び登山し、ご本尊を彫刻して仏舎利と毘盧遮那法印(仏法石)を山中に納め、霊場に定めた。
 その後、学問道場として盛んになったり、七堂伽藍が整備されたり、峰須賀家の祈願所にもなったが衰微し、現在は往時の面影はみられない。寺域はまさに雲上の世界。周囲の山々に霧がかかり、雰囲気も神々しい霊場である。
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徳島 霊山寺 Tokushima Ryouzenji Tokushima Ryozenji Temple

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 霊山寺は、徳島県鳴門市にある真言宗高野派の寺である。本尊は釈迦如来。四国霊場第1番礼所。
 聖武天皇の勅願により、天平のころ行基菩薩が開基した。弘仁6(815)年、弘法大師が21日留まって修法し、四国に88力所の霊場を開くことを祈願した。この間釈迦如来を刻み、第一番の霊場としたと伝える。
 その後大師は四国の地に大日如来の胎蔵界曼荼羅の道場を求め、各国をそれぞれ発心、修行、菩提、涅槃の道場とし、88力寺をこの道場の中に開いた。
 霊山寺は、天正年間の兵火、明治24年の災火を遇ったが、その後建物は再建され、一番にふさわしい立派な伽藍となった。
 今では「一番さん」と親しまれる四国88か所霊場巡りの出発点であり、一年中白装束に菅笠を被ったお遍路さんで賑わっている。
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2007/1/5


御嶽山 Ontakesan Mount Ontake

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 御嶽山(おんたけさん)は、標高3067メートル、長野県と岐阜県の県境にある独立峰の活火山である。日本百名山のひとつに選ばれている。
 御嶽山は、富士山、白山などと並んで古くから信仰の山として信者の畏敬を集めてきた巨峰。宝亀5年(774年)、信濃守石川望足が大巳貴命(おおむなちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)のふたりの神を祀り、疫病徐祓いを祈ってきたことから、この山は修験道の道場として栄えた。今でも白装束に身を包んで、願いを込めて山頂の奥社を目指して信仰登山をする人々が絶えない。
 御嶽山はスキーや登山など、四季を通じて楽しめる観光地としても知られており、毎年多くの観光客が訪れている。
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