NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/11/8


出雲石灯ろう Izumo-ishidourou 

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 出雲石灯ろう(いずもいしどうろう)は、島根県松江市を中心に受け継がれている伝統工芸品である。
 この石灯ろうの起源は奈良時代にさかのぼると伝えられているが、本格的につくり始めたのは江戸時代になってからである。
 原料は、出雲地方の穴道町(しんじまち)の特産である「来待石(きまちいし)」と呼ばれる石で、手斧・つるはし・のみを使って加工される。来待石とは、火山灰が固まって出来た粗粒凝灰質砂岩(そりゅうぎょうかいしつさがん)といわれる原石である。良質の石材で加工しやすく、耐火性に優れていることから、建材用にも使用された。松江藩時代はその価値が認められ、一般の人々の採取が禁止され、「御止め石」として藩外への持ち出しも許されないほど重要視された。
 明治時代以後は造園をはじめ、室内装飾等に欠かすことのできない石の美術品として、全国各地に広く知られ、親しまれている。
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2007/9/18


橋牟礼川遺跡 Hashimure-gawa-iseki 

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 橋牟礼川遺跡(はしむれがわいせき)は、鹿児島県指宿市十二町にある縄文時代~平安時代にかけての遺跡である。国の史跡に指定されている。
 縄文時代は弥生時代よりも古く、縄文土器と弥生土器を使っていた人々は部族が違うのではなく、時代が違うという、今日では当たり前のような事を初めて立証した遺跡として有名である。
 先史時代のポンペイとも呼ばれ、5~6世紀の遺跡とは別に、貞観一六(874)年に開聞岳が大噴火した時の、火山灰で倒壊した建物跡や畑の跡、道の跡など、当時の集落がそのまま眠っている。
 現在、約2ヘクタールが史跡公園として整備されており、8世紀後半頃の竪穴式住居が4棟復元されている。また、貝塚や地層を見学できる展示施設も存在する。
 橋牟礼川遺跡は、古代日本を知ることが出来る貴重な遺跡である。
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2007/6/29


天人峡 Tennin-kyou 

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 天人峡(てんにんきょう)は、北海道旭川市から北上して1時間の山間部に位置する。外界と完全に隔絶された場所にある天人峡は、「秘境」の名にふさわしい美しい渓谷美が楽しめる場所である。
 天人峡といえば忠別川に落ちる「羽衣の滝」が有名である。落差270mの、豊富な水量を誇る荒々しい流れの滝である。羽衣の滝から徒歩で20分ほどのところには「敷島の滝」がある。高さはさほどないが、本流にかかるだけあって圧倒される水量だ。
 また、天人峡には、数々の奇岩があることでも知られる。天津岩(あまついわ)」は、大雪山の火山群が噴火した軽石・火山灰などが高温のまま溶け合って凝固した柱状の柱状節理の岩である。そのほか天女が羽衣を失くし、泣いていた涙がいまだに岩に流れているという羽衣伝説の残る「涙岩」など、見どころは豊富だ。
 天人峡は、自然の作り出した造形の不思議に心癒される「やすらぎ」の場所である。
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2007/6/15


群馬 榛名山 Gunma Haruna-san Mt. Haruna

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 群馬の榛名山は、群馬県高崎市榛名湖町にそびえる標高1449mの山である。赤城山、妙義山と共に上毛三山に数えられる。
 山頂にはカルデラ湖である榛名湖と中央火口丘の榛名富士があり、15を超える峰々を待つ。火口中央、美しい円錐形をした榛名富士が、その優美な姿を榛名湖に映している。
 今は静かな休止火山だが、五世紀~六世紀にかけて何度も二ツ岳が大噴火を起こした。
 黒井峯遺跡では厚さ2mの火山灰の下から、古墳時代後期の集落がそのまま発掘されている。
 巨人だいだらぼっちが登場する伝承や、弘法大師が井戸を掘ったという民話が残っており、山岳信仰が盛んだった事を伺わせる。
 周辺には伊香保温泉をはじめとする温泉が巡り、榛名神社、水沢観音といった寺社が山中に建つ。
 榛名山は、榛名の人々の象徴として崇敬されている山である。
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2007/5/31


富士山 Fujisan Mt Fuji

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 静岡県と山梨県にまたがる山。
標高3,776メートルは言わずと知れた日本で一番高い山である。
 始まりは数十万年前といわれる。
現在でも活火山である。最後に大きな噴火をしたのは、江戸時代の1707年12月16日で、江戸の町まで届く大量の火山灰が発生したという記録が残されている。
 古代の文献には不死山、不二山と書かれている。竹取物語では不老不死の薬を焼いた山ということで「不死山」となったとされている。「肩をならべるような同じ山はない」という理由から「不二」になったという言い伝えもある。鎌倉時代に以降には「富士」と呼ばれるようになった。「士が富む」という武士が好む表記の影響である。
 世界で一番登山者が多いといわれる富士山、 この山にまつわる話をすれば本当にきりがない。あらためてこの山の偉大さを感じてしまう。
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2007/5/29


草津白根山 Kusatsu-Shirane-san Mt. Kusatsu-Shirane

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 草津白根山(くさつしらねさん)は、群馬県吾妻郡草津町に位置する標高2160mの活火山である。
 通常、この山を「草津白根山」と呼ぶが、近隣の逢ノ峰・本白根山を含めた三山の総称とする場合もある。
 山頂付近の湯釜と呼ばれる火口湖は有名である。その他に水釜、涸釜と呼ばれる火口湖もある。
 湯釜は、直径約300m、水深約30mの火口湖で、水は絵の具を溶かしたような美麗なエメラルドグリーン。世界で最も酸性度が高い湖と言われている。
 本白根山周辺には整備されたハイキングコースが豊富にあり、リンドウ・コマクサ・シャクナゲなどの高山植物が見られる。
 草津白根山は、火山灰に覆われた荒涼とした山肌、針葉樹の森、湿原に囲まれた池など、変化に富んだ自然をもつ景勝地である。
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2007/4/6


黒神埋没鳥居 Kurokami-Maibotsu-Torii 

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 黒神埋没鳥居(くろかみまいぼつとりい)は、鹿児島県鹿児島市黒神町にある文化財である。県の天然記念物に指定されている。
 大正三(1914)年一月一二日の桜島の大爆発は、黒神一帯を火山灰、軽石等で埋めつくし、噴煙は8000mまで達し、約30億トンの溶岩と約11億トンの火山灰などが噴出した。
 その際、桜島の東岸にあった黒神地区一帯も焼失し、黒神神社(腹五社神社)の鳥居は、上部だけを残して埋まってしまう。今は、高さ3mの鳥居の上にある笠置の部分だけが地表から頭を出して、神社本殿は灰の下に眠っている。
 噴火後、当時の村長は、この鳥居を大噴火の記念物として後世に残すことにし、このままの形で保存することになった。
 黒神埋没鳥居は、爆発の猛威を今に伝える貴重な建物である。
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2007/2/8


二王座 Niouza Niouza

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大分県臼杵市に位置する「二王座(におうざ)」は、安土桃山時代以来の武家屋敷の面影をとどめる、由緒ある通りだ。平成五(1993)年には国の「都市景観一〇〇選」に選ばれている。
 二王座は、もともと阿蘇山の火山灰が固まってできた凝灰山の丘を切り開いて作った道。二王座の名前は、かつてこの界隈に祇園社(現八坂神社)の仁王門があり、仁王が睨みをきかせていたことに由来するという。
 この道には寺も多く散在し、格式ある寺院の大きな屋根や武家屋敷の瓦屋根、城壁、それに石畳がつづき、風情ある静かな趣をたたえている。
 通りにはお休み処「旧真光寺」や「稲葉秀道屋敷跡」が無料解放されているので、散策の途中に立ち寄ってみるのもいい。そのほか、旧真光寺近くには古戦場跡の「切通し」などがあり、見どころも豊富だ。
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