NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/7/28


日前神宮 國懸神宮 Hinokuma-jinguu Kunikakasu-jinguu 

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 日前神宮(ひのくまじんぐう)と國懸神宮(くにかかすじんぐう)は一つの境内に二つの社が鎮座する日本では珍しい神社である。和歌山市の東の外れに位置する。二つの社ともに、創建二千六百年以上の由緒を持ち、紀伊国の一之宮である。
 神話で有名な天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸にお隠れになった時、岩戸より誘い出す手段として鏡が三つ鋳造されたという。そのうちの一つ、八咫鏡(やたのかがみ)は三種の神器の一つといわれ伊勢神宮に奉納され祀られている。残りの二つの鏡は、日像鏡(ひがたのかがみ)は日前神宮に奉納され日前大神として、もう一つの日矛鏡(ひぼこのかがみ)は國懸神宮に國懸大神として祀られている。
 このことから皇室との関係も深く朝廷からも篤く崇敬されてきた。現在の社は大正八年から大正一五に国費をもって改修されたものである。鳥居をくぐり参道を歩いていくと、東に国懸神宮が西に日前神宮が立つ。鬱蒼とした樹木に囲まれ静かで荘厳な雰囲気を醸し出している神社である。
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2008/6/23


紀州東照宮 Kishuu-toushouguu 

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 紀州東照宮(きしゅうとうしょうぐう)は、和歌山県和歌山市和歌浦に鎮座する古社で、全国に十九宮ある東照宮の一つだ。
 徳川家康の十男でもあった紀州藩祖徳川頼宣(よりのぶ)公によって、元和七(1621)年に南海道の総鎮護として創建されたもので、徳川家康を神格化した東照大権現と、頼宣を神格化した南龍大神を祀っている。
 「関西の日光」とも称される威風堂々たる社殿は、桃山時代の遺風をうけた「権現造り」となっており、朱塗の楼門や拝殿、本殿など主要建造物七棟が江戸初期を代表するものとして国の重要文化財の指定を受けている。
 また、刀剣や様々な衣料など一七点におよぶ秘蔵品も重要文化財の指定を受け、同宮で大切に保管されている。
 本殿には左甚五郎作の「緋鯉真鯉」の彫刻や狩野派、土佐派の襖絵などが内部に施されるなど、関西日光の名に恥じない威風を今に伝えている。
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2008/6/2


三鈷の松 Sankono-matsu 

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 和歌山県の高野山に建つ御影堂(みえどう)の前には一本の松がある。松は通常、二葉か五葉だが、まれに三葉の松が存在する。
 それが三鈷の松(さんこのまつ)であり、密教の法具の一つである三鈷杵(さんこしょ)に似ているところからその名がついた。
 その昔、唐で修行した弘法大師が帰国の際、一本のホウキを授けられた。するとそのホウキの間から金色に光る三鈷杵が出てきた。大師は密教の修行にふさわしい場所はどこかを占うため、その黄金の三鈷杵を日本に向かって投げた。
 帰国後、大師は三鈷杵を全国に探し歩き、光り輝く松の木にかかっているのを発見したのが現在の高野山上であったといわれ、真言密教の聖地をこの地に開山した。
 時に大同元(806)年とされる、御影堂前の三鈷の松にまつわる伝説である。
 以来、その松は三葉の松であったことから「三鈷の松」として祀られるようになったのだという。
 現在では参詣に訪れた人々が、縁起物として三葉の落ち葉を持ち帰り、お守り代わりとして大切にされている。
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伏拝王子 Fushiogami-ouji 

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 伏拝王子(ふしおがみおうじ)は、世界遺産である和歌山の熊野古道に点在する九十九王子の一つである。
 熊野古道を形成する五つの道のうちの中辺路にあり、本宮大社の二つ手前、大社まであと一時間ほどというところに位置する。
 古道は深い森の中を行く道であるため、あまり展望が利かないのだが、伏拝王子がある場所では本宮の旧社地であった大斎原(おおゆのはら)の森が遠望できる場所にあり、当時の本宮大社も垣間見ることができたため、参詣者たちが初めて目にするその光景の有難さに思わず土下座して伏し拝んだという故事から「伏拝」の名がついたという。
 王子がある場所には、徳川頼宣(よりのぶ)寄進とされる石祠と延応元(1239)年の銘がある平安時代の女流歌人、和泉式部(いずみしきぶ)の供養塔が建てられている。
 現在でも東南の方向に大斎原を望むことができ、熊野古道を行く参詣者たちが一息つける場所となっている。
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片男波 Kataonami 

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 江戸の歴史や文化が残る和歌山県南西部の和歌浦(わかのうら)地区。古来より歌人の憧れの景勝地としても有名で、この地を詠んだ歌が数多く万葉集に収められている。
 和歌浦地区東側を流れる和歌川河口に広がる、海水と淡水が混じり合う汽水域が片男波(かたおなみ)と呼ばれる。
 現在は潮干狩りや海水浴の季節には特に大勢の人たちで賑わう片男波だが、ここもまた奈良・平安時代から多くの歌人に愛されてきた、古くからの景勝地である。
 片男波という名前は、山部赤人が詠んだ万葉集「若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る」の「潟を無み」に由来しているという説が有力である。万葉の時代の、干潟で餌をついばむ鶴の姿が思い浮かぶ。
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友ヶ島 Tomogashima 

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 瀬戸内海国立公園に指定されている友ヶ島(ともがしま)は、紀州と淡路島の間を流れる紀淡海峡(きたんかいきょう)に浮かぶ、無人島群である。
 地ノ島、神島、沖ノ島、虎島の四つの島を総称して友ヶ島と呼ぶ。神島は沖ノ島に属するかなり小さい島で、また修験道の行場がある虎島は、現在では沖ノ島と陸続きになっているため、沖ノ島が友ヶ島の中心となっている。
 戦時中、要塞として軍事的に重要な場所とされていた友の島は、第二次世界大戦が終わるまで、一般人の立ち入りが禁じられていたという。
 砲台跡、海軍聴音所、弾薬庫、軍馬舎、将校官舎など、大戦中の施設が今も多く残されていて、当時の面影が偲ばれる。レンガ造りの施設が多く、外観はまるでヨーロッパの古城のような施設もあるという。
 島には大蛇伝説が伝わる深蛇池(じんじゃいけ)があり、池の湿地帯植物の群生は大変美しく、県の天然記念物として指定されている。野生動物も多く見られ、貴重な自然が今も残されている。
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春子稲荷 Haruko-inari 

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 和歌山県和歌山市紀三井寺に位置し、宝亀元(770)年に建立された名刹、紀三井寺。
 西国三十三箇所の第二番札所であり、関西一の早咲き桜が季節になれば咲き乱れる、そんな華やかな境内の一角にひっそりと佇んでいるのが春子稲荷(はるこいなり)である。
 天正十三(1585)年、豊臣秀吉による紀州攻めの際、恋した男の死に直面した春子という娘が白狐に姿をやつし、その身を挺して大将であった羽柴秀長に直訴、紀三井寺を攻撃しないという証文を取り付けて息絶えたという。
 その春子が祀られているのが春子稲荷であり、以来、人々は戦火から救った春子に厄除け、危難除けのご利益を求めて、丁重に祀ってきたのである。
 関西の春は、紀三井寺から。
 春子がいる寺には、関西で一番早くに春がやってくる。
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2007/12/6


長保寺 多宝塔(国宝) Chouhou-ji Tahou-tou The Tahoto Pagoda (National Treasure) at Chohoji Temple

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 天台宗・長保寺(ちょうほうじ)は紀州藩主・徳川家歴代の墓所がある寺として知られている。その寺にある大門、本堂と並んで国宝に指定されているのが多宝塔(たほうとう)である。
 正平一二(1357)年の建築といわれており、純和様の貴重な遺構である。
 多宝塔は二重の造りになっており、屋根は本瓦葺で、頂上には相輪が飾られている。一重の内部には四本の柱が配され、須弥壇が置かれており大日如来像が安置されているという。
 下重の出組や上重の二重繁垂木など、随所に木組みの見事な美しさが見られる。
 高さ一三・四mと少々小ぶりだが、国宝らしく凛とした存在感のある、均整の取れた美しい塔である。
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