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2007/2/20


宝陀寺 仁王像 Houda-ji Niou-zou 

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 宝陀寺は、大分県杵築市大田にある臨済宗の禅寺である。本尊は千手観音像であり、村指定の有形文化財とされる。
 創建は大同3(808)年といわれ、沓掛城主田原直平の再建とされる。
 宝陀寺は、元々は天台宗であり、後に臨済宗に改められた。
 宝陀寺にある仁王像は、身長約33cmの石造仁王像で、2.5mの千手千眼観世御菩薩をしっかり守っている。
 神聖なものながらも、大変可愛らしい二体のミニチュア石造仁王像であり、寺を訪れるものを和ませてくれる。また、その小ささは、石造仁王像として大分県内で最も小さいと言われている。
 宝陀寺仁王像は、阿吽の形も微笑ましい、ミニサイズながらも立派な金剛力士像である。
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2007/2/15


大野寺 Oono-dera Ono Temple

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 大野寺は奈良県宇陀市室生区に位置する真言宗室生寺派の寺院。山号は楊柳山。室生寺の末寺であり、西に位置したことから「室生寺の西門」とも呼ばれた。
 白鳳九(681)年、役行者が開基。天長元(824)年、空海が堂宇を建て慈尊院弥勒寺と称したが、地名から大野寺と称されるようになった。
 宇田川を挟んだ対岸の屏風ケ浦に刻まれた弥勒下生線刻大磨崖仏は、承元元(1207)年に宋人の石工、伊行末(いのゆきすえ)により作られたもので、日本最大の線刻磨崖仏である。
 境内には樹齢300年になる小糸枝垂桜の巨木を始め、紅枝垂桜が多く立ち並び、春先には満開の花が咲き誇る。
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2007/2/12


大分 五百羅漢 Ooita Gohyaku-rakan The 500 Rakan of Oita

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 五百羅漢というと、612年の歴史を持つ曹洞宗の寺院・東光寺には15代住職の玉峰道琳和尚が当時の世相から住民を救うため、日出の石工・吉野覚之丞に依頼して1863年からの19年間を費やして521体の羅漢像を完成させた。元来、羅漢は異相であるが、当時の羅漢には美笑醜渋の四面相があり、ここのものは表情豊かで個性的。また、本堂裏には16羅漢と仏足石が安置されている。東大寺の仏足石を模したもので、長さ1尺6寸と全国的にも数少ない貴重なもの。
 耶馬渓の羅漢寺は、険しい岩山の中腹に位置し大化元年(645年)、印度僧により建立される。家内安全、学業成就の御利益を求め参拝者が多い。洞窟には3777体以上もの石仏が安置され、中でも無漏洞の五百羅漢は有名。大小多数のしゃもじにも驚かされる。参道入口には青の洞門を掘った禅海和尚の遺品を納めた「禅海堂」がある。
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2007/2/1


吉田寺 Kichiden-ji Kichidenji Temple

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 吉田寺(きちでんじ)は、奈良県斑鳩町小吉田集落の北に位置し、俗に「ぽっくり寺」の異名を持つ。
 創始は、天智天皇の勅願で、天皇の妹・間人皇女(はしのひとのひめみこ)の御墓を建てたが、永延元(987)年に恵心僧都源信がこれと別に堂を建立し、寺を創建したとされる。
 「ぽっくり寺」の名前の由来は、恵心僧都が、母の臨終の際に除魔の祈願をしたところ、苦しむことなく往生したところから付けられたとされる。
 見どころは本尊の阿弥陀坐像。約4.85メートルもあり、木造では県下最大、国の重要文化財にも指定されている。この像の前で祈祷すれば、天寿をまっとうできるとの信仰が古くから残る。また、奈良県下でも保存数が少ない多宝塔は、寛正四(1463)年建築の重要文化財である。
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2007/1/31


大安寺 Daian-ji Daianji Temple

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 奈良県にある高野山真言宗の寺院、南都七大寺(なんとしちだいじ)の一つ。
 聖徳太子が奈良に建てた熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)が始まりとされる。その後、飛鳥時代に「百済大寺」「高市大寺」「大官大寺」と移転と改称を続け、平城京遷都に伴い現在の場所に定まる。
 奈良時代に隆盛を誇り、鑑真を日本に案内した栄叡、最澄の師行表、空海の師勤操など、仏教史上重要な人物が多く勤めた。
 現在、奈良時代の作である本尊、木造十一面観音立像、木造千手観音立像、木造不空羂索観音立像など九体の天平仏が安置されており、いずれも重要文化財に指定されている。
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2007/1/29


大迫磨崖仏 Osako-magaibutsu Giant Buddha Rock Carving

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 大分県豊後大野市千歳町にある大日如来の磨崖仏。
 天文二(1533)年、日羅作と伝えられる。高さ3・2メートル、凝灰岩の壁に彫られており。石で体を作り、顔や手足は粘土、衣は漆喰を使う「石芯塑造(せきしんそぞう)」という技法で建立された。
 顔の半分以上を塑土が覆う強面と大きな胴は独特の雰囲気を持ち、参拝するものを幽玄の世界にいざなう。
 古来より牛神として地元の信仰が厚く、諸祈願が霊験あらたかであるといわれることから参拝客も多い。
 祭日は1月28日、8月27日の年二回。昭和51(1976)年、大分県重要文化財に指定。
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犬飼石仏 Inukai-sekibutsu Inukai Giant Buddha Rock Carving

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 大分県豊後大野市、渡無瀬にある磨崖仏。
 日羅による作とされるが鎌倉以前の特徴を有することから、平安時代の作とも言われる。
 堂中央に結跏趺坐した不動明王(3・7メートル)を主尊とし、右に制咤迦(せいたか)童子(173センチ)、左に矜羯羅(こんがら)童子(170センチ)を脇侍とする。
 わずかに朱の顔料が残る顔は温厚であり、両足の裏を見せて座る姿を持つ珍しい石仏。昭和九(1934)年、国の史跡に指定されている。
 石仏の上方の岸壁には「龍傳山(りゅうでんざん)」の三大朱文と「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」の八大文字が刻まれ、厚い大師信仰が偲ばれる。
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2007/1/26


高塚愛宕地蔵尊 Takatsuka-atago-jizouson The Takatsuka Atago Jizo Statue

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 高塚愛宕地蔵尊(たかつかあたごじぞうそん)は、大分県日田市天瀬町にあり、神仏混淆の形式をそのまま残している珍しい地蔵尊として知られている。
 高塚愛宕地蔵尊は、奈良時代の天平十二(740)年、行基菩薩が筑後に下った帰りに高塚に立ち寄り、銀杏の木の下で天下泰平、豊国繁栄の祈りを続けるうち、御神託があったので一体の地蔵尊を刻んで一堂を建て、安置したと高塚縁起に記されている。
 願い事なら何でも叶えてくれるという諸願成就の神として広く信仰を集めており、年間約230万人が参詣しているというだけあって境内はいつも賑やかである。
 参道にはゼンマイ・ワラビ・椎茸・栗など季節の農産物や観光土産品の売店が並び、まさに門前市をなすにぎわい。
 高塚愛宕地蔵尊は、庶民に広く親しまれているお地蔵様である。
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