NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/1/15


萩(ハギ) Hagi 

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 「萩(ハギ)」は、マメ科ハギ属の植物である。秋の七草には、萩のほか、桔梗、尾花、撫子、女郎花、葛、藤袴がある。萩は秋の七草の筆頭で、秋を象徴する花として知られ、万葉の昔から人々に親しまれてきた。
 通常萩といえば山萩を指し、国内のいたるところの山や野で、ごく普通に生息している。小さな愛らしい花が穂につき、秋風にゆらゆらと揺れる姿は何ともいえない繊細な美しさである。
 萩は落葉低木で、葉は三小葉からなり、夏から秋にかけて赤紫色の蝶の形に似た花をつける。昔から新芽は萩茶として、葉は家畜の餌に、枝は屋根材やほうきに、花は染料、干した根は薬用に利用するなど、萩すべての部位は、様々な用途に活用されてきた。
 また、秋のお彼岸に食べる和菓子「おはぎ」は、萩の花が咲く頃につくられることからこの名がついたといわれる。
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2007/9/4


練上手 Neriagede Neriagede

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 練上手(ねりあげで)は、色や濃淡の異なる複数の陶土を幾重にも重ねたり、練り上げたりして、様々な文様を表現する、芸術的にも価値の高い陶工技法の一つだ。
 その製作技法は、あえて表現するならば、お菓子のバウムクーヘンを作っているような感じといえなくもない。
 幾重もの地道な重ねや練り上げが、まるで大理石のような縞模様や美しい木目の表面を生み出す。
 とはいえ、性質の異なる複数の土を用いるため、その製作過程や焼成時に、高度な技術や経験が要求される至高の品でもある。
 その始まりは七世紀ごろの中国といわれており、当時は絞胎(こうたい)という名で呼ばれていた。
 その後、安土桃山時代前後に日本に伝来したといわれ、同時代の作例が今も残されている。
 近年では、陶土そのものに色を付ける技法も編み出され、より複雑で芸術性に富んだものも生み出されるようになった。
 古来からの幾重にも積み重なった技法に、今も新しい層を重ね上げて、発展を続けている。
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2007/6/28


竹駒神社 初午大祭 Takekoma-jinja Hatsuuma-taisai 

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 初午大祭は竹駒神社最大の祭礼であり、毎年、旧暦二月(新暦三月)の初午の日から七日間に渡って行なわれる。
 期間中の日曜日に行なわれる神輿渡御の神事では、大名行列に由来するといわれる「竹駒奴」が、揃いの法被を着て古風な「道中練り」を披露しながら先頭を行き、着飾った稚児や神子、神輿、騎馬武者など総勢七〇〇名余りの行列が、それに続いて市内を練り歩く。途中三十数名の竹駒奴が見せる「毛槍投げ受け」は、手にした毛槍を投げ上げて互いに受け合うもので、祭りのハイライトとも言える。
 また境内の一角では、昭和三二年に初午大祭を奉祝して結成された、全国のお菓子を展示する初午大祭名物の「全国銘菓奉献会」も開かれる。
 竹駒神社は、承和九(842)年、陸奥守として着任した小野篁(おのたかむら)が、奥州鎮護を祈願して創建したといわれている。初午大祭は、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全などを願って行われる例大祭である。
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2007/6/21


六月 水無月 Rokugatsu Minazuki June, Minazuki

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 六月は水無月(みなづき)という別称がある。
 旧暦では、梅雨が終わった時期であるため「水が無い月」から、とされる説のほか、田植えが終わり田に水を入れる月であるという、全く逆の説、そして「無」は「の」にあたる助詞であるため「水の月」と意味づけられる説など、諸説ある。
 とはいえ現在の暦では、六月は入梅にあたり雨の多い月、というイメージから水の月という言葉がしっくりとおさまるようになったようだ。
 京都では昔、氷がなかなか手に入らなかった時代があったことから、毎年六月三〇日に氷に見立てたお菓子である水無月を、無病息災を祈願し食す習慣がある。
 六月も下旬を迎えると「夏至」を迎え、梅雨が明けるとすぐに暑い夏がやってくる。
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大津宿 Ootsu-juku Otsu-juku

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 大津宿(おおつじゅく)は、東海道五十三次の五三番目、中山道六十九次の六九番目に位置する、京への長き道の最後の宿場である。現在の滋賀県大津市。
 慶長七年に本陣が置かれたため発展に貢献し、町数一〇〇ヶ所、人口一八〇〇〇人と非常に大きい上、琵琶湖の物資が集散するため湖上交通でも要であり、宿場としても本陣二軒、脇本陣一軒、旅籠七一軒が並ぶ最大規模の宿場であった。
 現在では、当時の賑わいもひっそりと息をひそめ、石碑が当時の案内を残すにとどまっている。
 安藤広重の「東海道五十三次・大津」では、のどの渇きを癒す茶店が描かれており、この茶店にあった「走井の清水」で知られた井戸も現在の月心寺に残されている。
 また、絵の中に登場する走井餅(はしりいもち)は、こし餡がやわらかい餅に包まれた細長くお菓子で、現在も名物としてファンが多い。
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2007/6/13


宮崎漆器 Miyazaki-shikki Miyazaki Lacquer Ware

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 宮崎県で作られている漆器で、県の伝統工芸品に指定されている。
 沖縄で室町時代から始まったとされる、琉球塗りがその源流である。首里城門などにも琉球塗りの技術を見ることができる。
 太平洋戦争末期、沖縄から宮崎県に移住してきた琉球漆器の技術者達を中心に、雇用など地域に貢献する形で制作をはじめ、宮崎漆器として成り立つようになり、現在にいたる。
 宮崎県は高温多湿であり漆の乾燥に適し、下地となる漆の塗布は非常に重要な作業であり、これによって堅牢なものになる。
 さらに中塗り、上塗りと漆を塗り、色漆を塗っていく。朱塗りの色が冴えているのも、宮崎漆器の特徴の一つだ。
 装飾には堆錦という漆と顔料を混合したものを、金槌でたたき、ゴム状にしたものを、柄にあわせ切り、製品に貼り付けるいう独特の絵付け方法を行い完成となる。
 盆、茶托、菓子皿や文箱などが作られ、県の内外で愛用されている。
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2007/5/24


周防大島 延命の滝 Suou-oshima Enmei-no-taki 

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 延命の滝(えんめいのたき)は、周防大島(すおうおおしま)に流れる、島最大規模の滝である。高さ約20m、幅約10m。流れは静かで、女性的な優美さが印象的である。
 水資源に恵まれない島の中で、貴重な水源となり大地を潤し、また無病息災の名水を育む滝としても、慕われている。里人の信仰厚く、毎年の祭礼は賑わい、これにちなんで近時、滝の流水を使用した銘酒や冷菓子がつくられている。
 長きに渡り珍重、信頼を受け、未だに枯れることなく豊かな水を育んでいる。
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2007/5/22


鶯色 Uguisuiro 

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 鶯の羽の色に似た、灰色がかった緑褐色を指す。
 江戸時代中期には、茶色が強くかかった鶯茶が流行ったため、当時、鶯色といえばこちらを指した。
現在の緑褐色の鶯色は、明治以降に一般的になった。
 近年では、和菓子のうぐいす餅などで使われる、うぐいす黄粉の黄緑色を連想する人も多いが、これは同じスズメ目であるメジロの羽の色に近く、形も鶯に似ており、混同されることが多い。
 西洋ヒイラギの葉の色である、「ホーリーグリーン」や、未成熟のオリーブの色である「オリーブグリーン」に近い。
 着物やふろしき等の和装品にも多く用いられ、非常に落ち着いた風合いを醸し出す色である。
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