NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/2/7


御簾 Misu 

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 御簾(みす)とは部屋と部屋の間の柱と柱を水平につなぐ長押(なげし)に掛けて、仕切りや目隠しをする用具のことである。
 古代から用いられ、はじめは神域や神聖な場所との境のために使用されていたが、その後、貴族や身分の高い人の住居の仕切りや装飾用として広まっていった。
 御簾は真竹や女竹を細長く削り、色染めした後、赤糸でまとめ、帽額(もこう)と呼ばれる果紋(かのもん)を織り込んだ美しい布で縁を囲んだものである。巻き上げて束ねて留めておくことができるように、裏に鉤(こ)と呼ばれる鉤爪が付けられている。鉤は総角(あげまき)結びの飾り紐で固定するようになっている。
 竹の編む時は絹糸を使い、葵を形取って竹を編み上げる葵あみ、六角模様を形取って編み上げる亀甲あみや、二本一組のラインで竹を編み上げる八重あみなどがある。
 『源氏物語』では、登場人物の心の機微を表現するアイテムとしてよく登場する。
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2007/11/29


かるい Karui Karui Bamboo Basket

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 「かるい」とは宮崎県で作られる竹で編んだ背負籠のことである。宮崎県では古くから農作業時の運搬用具として、穀物や椎茸、肥料などを運ぶために利用されていた。
 材料は日本各地で自生する真竹が使用され、胴部は六ツ目編みで編まれ、縁の部分は増巻縁(ますまきぶち)仕上げがほどこされている。また、編み紐には藁が使われている。「かるい」は自然の産物で作られた生活用具である。
 底の形は安定しない三角状になっている。これは、平地では安定せず不便であるが、急斜面ではこの形の方が安定する。山深い地域ならではの生活の知恵である。
 現在では籠としてだけでなく、花器、状差し、新聞受けなどのインテリアとしても利用され、愛好家の多い工芸品である。
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2007/11/22


櫛 Kushi 

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 櫛(くし)とは、頭髪をすいたり髪飾りとして挿したりする道具である。
 日本では6000年前の縄文時代、福井県の鳥浜貝塚から赤い漆塗りの櫛が出土している。遺跡からの出土は東日本に偏っており、当時は日用品ではなく、呪術的な意味があったと推測されている。
 平安時代から戦国時代までは女性の髪型が垂髪であり、また、髪を洗う事が少なかったので、髪の汚れを取り除く事を目的として、実用的に使用されていた。
 江戸時代になると女性の髪が結われるようになり、髪を整える目的で櫛がよく使われる従い、装飾が綺麗な物が増えた。
 その結果、髪飾りとしても普及し、貝やべっ甲でできた物や、鮮やかな彫刻・絵画を施した櫛が作られ、利用されるようになった。
 現代では、べっ甲・ツゲ・竹・象牙・合成樹脂等で作られている。
 櫛は、とりわけ女性にとっては、古くから日常欠くことのできない化粧用具のひとつである。
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2007/11/14


珠洲 喜兵衛どん Suzu Kihei-don 

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 珠洲の喜兵衛どん(きへいどん)は、石川県珠洲市上戸町北方にある建築物である。
 正式には能登記念館といい、数多くの民俗資料を展示している。
 今の建物は、明治二〇(1887)年に再建されたもので、浜屋づくりの典型を示している。
 「喜兵衛どん」の「どん」は、この地方の有力農民への敬称であり、この地域の大庄屋・喜兵衛どん櫻井家の立派な屋敷を利用したもので、喜兵衛どんは江戸時代は製塩と漆掻きを家業としていた当地の名家である。
 美術工芸品や、国指定の重要有形民俗文化財である製塩用具と生漆の採取用具、及び漆工用具などが多数保存され公開されていた。
 現在は、残念ながら閉館してしまっており、これらの資料を見る事は出来ない。
 珠洲の喜兵衛どんは、当時の生活を知る貴重な古民家である。
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2007/11/8


奥会津編み組細工 Okuaizu-amikumizaiku 

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 奥会津編み組細工(おくあいづあみくみざいく)は、奥会津地方の山間で採取した植物を材料にした編み組細工である。雪深い地域のため、昔から冬の手仕事として籠などの生活用品を作ってきた。
 福島県大沼郡三島町の荒屋敷遺跡では、籠や縄といった編み組の断片などが発掘されている。これにより古くは縄文時代から、編み組の技術が存在したことがうかがえる。
 また、マタタビの蔓(つる)を細くして笊(ざる)を作ったり、山ブドウの皮で籠を作ったという記録が残されており、昔からヒロロ・マタタビ・山ブドウなどの植物で、日常の生活用品が作られていたことがわかっている。
 ヒロロ細工は縄籠の技術を活用し、自然素材の色合いが活かされた伝統品格のある工芸品である。マタタビ細工は、完成後、家の軒下につるす「寒晒し」をし、太陽が雪に跳ね返った時の紫外線で漂白する。寒風で乾燥すると強度も増すため、生活用具に適している。山ブドウ細工は、皮が丈夫ななため、山仕事の道具入れに用いられ、使うほどに馴染むといわれる。
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2007/9/11


細川紙 Hosokawa-shi 

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 細川紙(ほそかわし)は、古来より貴族や武家などで用いられる高級な奉書紙(ほうしょかみ)が、現在に受け継がれている漉き紙である。
 原料は椿のみであることや伝統的な製法と製紙用具によること、古来より伝承されている細川紙の色沢や地合などの特質を保持することなどが厳密に求められており、故にそうした製作技術は昭和五三(1978)年に国の重要無形文化財に指定されている。
 漉き紙の起源は古く、およそ千三百年前、当時の武蔵国に渡来した高句麗人により伝えられたといわれている。
 現在は埼玉県のほぼ中央にある小川町で盛んに漉かれている細川紙だが、本来は紀州高野山麓の細川村で漉かれていた奉書紙が、江戸時代初期に江戸にも程近い小川周辺に伝わったといわれており、紙の名前もそのまま、細川の名を受け継いでいる。
 紙の地合がしまっていて、毛羽立ちが生じにくく、きわめて強靭なその紙面は、紙にも品を求める多くの通人たちに今も愛されている逸品である。
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2007/9/6


竹工芸 Chiku-kougei 

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 竹工芸(たけこうげい)は、竹を主な材料とした日本の伝統的な工芸品である。
 日本人は、身近に生えている竹を昔から生活用具として使用してきた。
 特に日本の竹は質が良く、工芸品製作に最適であったことから、古くから様々な用途に用いられ、古事記や日本書紀に関連記述が見られたり、正倉院には竹を用いた楽器や箱などの工芸品が残されているほどである。
 その後の鎌倉時代から室町時代に掛けて茶の湯が隆盛し、竹工芸は大きく発展。江戸時代に入ると、将軍家御用達の竹職人も誕生するなど、より自由に、様々な用途のものが作れられるようになった。
 技法においては編組品(へんそひん)や丸竹物(まるたけもの)、丸竹組物(まるたけくみもの)、茶杓(ちゃしゃく)の4つに大きく分かれ、現在も中心的に製作されているのは竹を編み込む編組品である。
 竹の持つ素朴な味わいにどこか惹かれる心情は、日本人が昔から使用してきたものへの愛着なのかもしれない。
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2007/7/10


アイヌ文様 Ainumoyouo Ainu Pattern

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 アイヌの人々の生活の中で、衣服や調度用具、儀礼用具には独特の文様を見ることができる。これがアイヌ文様(もんよう)と呼ばれるもの。
 アイヌ文様は、アイヌ名でモレウ(渦を巻くもの)と呼ばれる渦巻き文様と、アイウシ(棘のあるもの)と呼ばれる括弧文様を基本に、多種多様な文様がある。文様は装飾としてだけでなく、身を守る魔よけとしての意味も持っており、衣服の袖口や襟、裾周りに施されていた。文様を見れば、どの地域のものか知ることもできた。そのルーツについては諸説あるが、いまだ解明されていない。
 かつて好きな異性に対して、女性はテクンペ(手甲)、ホシ(脚袢)などにアイヌ文様を刺繍して渡し、男性は女性に文様を彫ったメノコマキリ(女性用小刀)を渡した。アイヌの人々は自分達の作ったものには、魂が入っていると信じ大切に扱っている。
 現在は、自由にアレンジされた文様を施したスカートやブラウスも制作されている。
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