NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/10/19


あまはげ Amahage Amahage

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 「あまはげは、全国的に有名な、秋田県男鹿の「なまはげ」と似た行事で、秋田県にかほ市金浦赤石地区や山形県飽海郡遊佐町吹浦女鹿地区に伝わる伝統行事である。
 秋田県の赤石地区に伝わる「あまはげ」は、250年以上前から、毎年一月中旬の小正月に行われている無病息災、家内安全を祈願する子供の行事。
 小学高学年の2人の男の子が顔を真っ黒に塗り、体にはワラの衣を着けて太鼓や鐘を打ち鳴らし、歌いながら家々を回る。家に入ると、あまはげが神仏の前で15回飛び跳ねてお祓いをする。銭なら五文、酒なら一升、いい餅よこせとねだる。
 山形県女鹿地区に伝わる「あまはげ」は、正月三日に行なわれ、怠けることを諫め勤労を奨励する行事で、「あまはげ」は新年にあたっての災いを取り除き、幸福を招く神々の使いとされている。男鹿のなまはげと違ってお面もどことなく優しい感じで、全部違う面構えをしている。こちらの「あまはげ」は国指定重要無形民俗文化財である。
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2007/8/15


八郎潟 Hachirou-gata 

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 八郎潟は秋田県、男鹿半島の男鹿市、潟上市、大潟村などにまたがる湖である。
 元々は琵琶湖に次ぐ大きさを誇る湖だったが、戦後1957年からの開拓事業により5分の4が干拓され、規模が縮小され、1977年に竣工した。
 現在は八郎潟調整池と東部承水路、西部承水路に分かれて存在し、三つを合わせた総面積は48・3平方km。。元は海水の混ざる汽水湖だったが、八郎潟防湖水門が出来たため、現在は淡水湖となっている。
 開拓前はうたせ船、氷下漁業などが盛んに行われていたが、現在、淡水化のため漁獲高は減少している。冬場のワカサギ釣り、バスフィッシングなどには適しており、四季を通じて多くの釣り客が訪れる。
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秋田 真山神社 Akita Shinzan-jinja 

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 真山神社(しんざんじんじゃ)は秋田県男鹿市北浦真山に位置する神社である。
 景行天皇の御世に武内宿禰が、使命達成、国土安泰を祈願したのが始まりとされる。祭神は瓊瓊杵命(ににぎのみこと)、武甕槌命(たけみかづちのみこと)。
 平安時代には神仏習合の地として修験道の修行が盛んであった。江戸時代に入り、秋田藩主佐竹氏の祈願所として信仰され、大いに栄えた。
 境内には薬師堂、神楽殿などが並び、慈覚大師が植えたとされる県天然記念物にも指定されている、樹齢1000年以上の榧(かや)の大木が立つ。
 正月には神事である柴灯祭が行われ、柴灯を焚いて大餅を焼き、神に捧げ、五穀豊穣、海上安全を祈願する。
 二月の第二金・土・日曜日にはこの祭礼となまはげを合わせた行事「なまはげ柴灯まつり」が行われ、多くの観光客が訪れている。
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鵜ノ崎海岸 Unosaki-kaigan 

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 鵜ノ崎海岸は秋田県男鹿市船川港に位置する海岸である。
 男鹿国定公園の一部であり、男鹿半島南部から台島までの約1・5キロの地域をさす。日本の渚100選にも選ばれている風光明媚な場所。
 環状に広がる磯で、干潮時には全国でも珍しい200メートルほどの遠浅の岩場が広がり、貝や魚を取るなどの磯遊びができる。
夏場には海水浴やキャンプに訪れる観光客で賑わい、カップルや家族連れなど多くの人々が訪れる。
 夕暮れ時には海面全てが金色に輝き、岩場や波の影が連なる絶景を生み出し、男鹿半島でも屈指の夕日の眺望ポイントとして人気が高い。
 鵜ノ崎海岸は大人から子供まで、楽しむことができる海岸である。
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2007/7/17


男鹿の滝 Ojika-no-taki 

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 北海道の東部、日本百名山の一つである斜里岳(しゃりだけ)の南の麓に位置する男鹿の滝(おじかのたき)は、斜里岳からの伏流水が岩の隙間から湧き出して流れ落ちている滝である。
 この場所が源流となって、木々が鬱蒼と生い茂る大自然の中を通り斜里川に注ぎ込んでいる。
 1日3万トンもの豊富な水量の滝は、苔むした岩盤を流れ、25m下の滝壷へと吸い込まれていく。その様はとても荘厳な雰囲気で、水の音や周囲の森から聞こえてくる小鳥たちのさえずりが、心をゆっくりと和ませてくれる。
 また、下流はヤマベやニジマスが釣れる美しい清流のため、渓流釣りのスポットとしても有名であり、親しまれている。
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2007/4/10


なまはげ柴灯まつり Namahage-sedo-matsuri Namahage Sedo Festival

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 なまはげ柴灯まつりは秋田県男鹿市、真山神社で毎年2月に行われる祭りである。
 真山神社の祭事「柴灯祭」と民族行事の「なまはげ」を合わせた観光行事として行われる。
 柴灯祭は吉例神事であり、境内で焚いた柴灯火で大餅を焼き、真山の神に奉じて五穀豊穣、海上安全を祈る。同時に湯の舞・ちん釜祭と言われる湯立て神事が行われ、海が荒れることを鎮める。
 その後、神社で入魂されたなまはげが山に戻った後、里に降り、悪い子を探して暴れ、なまはげ太鼓となまはげ踊りで勇壮な姿を見せた後、再び山へと帰り、神事は終了する。
 冬の山中で雪と火、鬼が乱舞する幻想的な祭りとして人気を集めている。
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なまはげ Namahage Namahage

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 なまはげは秋田県男鹿市近隣に伝わる民俗行事であり、毎年大晦日に行われる。
 鬼の面をつけ、わらみのをまとい、わら沓を履き、出刃包丁と桶、御幣棒を手に持つ姿で現れる。
 近隣の家を一軒づつ訪れ「泣く子はいねが」「怠け嫁はいねが」と問い、怠け者を探す。家の主人はなまはげを丁寧にもてなし、なまはげは饗応を受けて次の家へと向かう。
 冬場に仕事をせず、囲炉裏にあたることで出来る火傷である「なもみ」を剥ぎ、怠け者を懲らしめることから「なまはげ」と称されたと言われる。
 東北各地方に多くの類似の伝統行事があり、多くの伝説が残されている。
 怠け者を戒めると共に、子供達の無病息災と幸福を祈り行われる、古来よりの民俗行事である。
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2007/2/20


脇本城 Wakimoto-jyou 

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 脇本城(生鼻城)は、秋田県男鹿市脇本、男鹿半島の南東端にあった、中世の城館である。
 この城は、安東愛季が元亀元(1570)年に整えた城と言われている。以後、安東氏、後に秋田氏によって維持された。
 廃城は、豊臣秀吉の奥羽仕置のあった天正18(1590)年、或いは佐竹氏が秋田入部後の慶長8(1603)年とする説があるが、定かではない。
 脇本城は、標高100mの丘陵を利用して連結する4つの曲輪群で構成されていた。しかし、日本海へ突き出た生鼻崎は、自然災害によって崩れ落ちてしまった。
 現在建物は残っておらず、原っぱ、港などに変わり、脇本城址は県指定史跡となっている。
 脇本城の址は、脇本の町並みや船川、山林を見ながら戦国の昔を想像出来る、良景の地である。
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