NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/7/12


檜枝岐歌舞伎 Hinoemata-kabuki 

Jp

 江戸時代中期から 200年以上もの歴史をもつ農民芸能で、かつて村人たちが 伊勢参りなどにでかけた際に歌舞伎を見て、見よう見まねで始めたのが 起源だと言われる。
 村の鎮守の前に舞台を作り、村の神に奉納する形で歌舞伎を演じるのである。なおこの地芝居(じしばい・地方で行われる芝居の意)は県の重要無形文化財に指定され、また舞台は国の重要有形民俗文化財に指定されている。
 年三回上演される奉納歌舞伎のうち八月の大祭の時は、季節も良く大勢の観光客でにぎわう。歌舞伎座で見る歌舞伎とは違い泥臭さはあるが、それはあくまで素人集団の演じる農村歌舞伎の流れで上演されているからであり、歌舞伎ファンにとってはその素朴さがかえって魅力となっている。
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2007/2/12


大分 五百羅漢 Ooita Gohyaku-rakan The 500 Rakan of Oita

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 五百羅漢というと、612年の歴史を持つ曹洞宗の寺院・東光寺には15代住職の玉峰道琳和尚が当時の世相から住民を救うため、日出の石工・吉野覚之丞に依頼して1863年からの19年間を費やして521体の羅漢像を完成させた。元来、羅漢は異相であるが、当時の羅漢には美笑醜渋の四面相があり、ここのものは表情豊かで個性的。また、本堂裏には16羅漢と仏足石が安置されている。東大寺の仏足石を模したもので、長さ1尺6寸と全国的にも数少ない貴重なもの。
 耶馬渓の羅漢寺は、険しい岩山の中腹に位置し大化元年(645年)、印度僧により建立される。家内安全、学業成就の御利益を求め参拝者が多い。洞窟には3777体以上もの石仏が安置され、中でも無漏洞の五百羅漢は有名。大小多数のしゃもじにも驚かされる。参道入口には青の洞門を掘った禅海和尚の遺品を納めた「禅海堂」がある。
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2007/1/26


十六羅漢岩 Jyuuroku-rakan-iwa Jyuroku-rakan-iwa

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 山形県飽海郡遊佐町にある大規模な石彫りの像。水産庁の「歴史文化財産百選」に選ばれている。
 十六羅漢岩は、山形県と秋田県の両県に跨る「鳥海山」では、昔、火山活動が活発な時期があり、火口から出た溶岩が日本海まで流れ着き、その後、固まった安山岩に人物の彫刻を施したものである。
 1864年、海禅寺の寛海和尚が、日本海の荒波で命を失った漁師の供養と安全祈願のため考えたもので、地元石工たちに5年の歳月をかけて彫らせたものである。
 人物像の数は、22体で、そのうち16体は羅漢と呼ばれる像であり、その他は観音、釈迦像など。
 厳しい日本海の荒波、風や雪にさらされ、風化が激しい。そのせいか、時代の歴史を感じるとともに、守り神の神秘を深く感じさせるものである。
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