NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/2/12


伊賀八幡宮 Iga-hachiman-guu Iga Hachimangu Shrine

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 愛知県岡崎市にある神社。
 その歴史は、徳川家の先祖である松平親忠が15世紀後半に子孫繁栄のため、守護神として創建したのが始まりである。
 徳川幕府3代将軍家光は、この神社に東照大権現(徳川家康)を合わせ祀った。
 また、本殿の増築したものが現在の権現造りの御社殿であり、これも家光がおこなったものである。徳川家のこの神社への思い入れが垣間見られる。
 当時、この神社の鳥居を動かしながら、戦が近いことを町民たちに知らせ、士気の鼓舞に利用したという。
 御社殿は極彩色の立派なもので、国宝に指定されている。隋神門や石橋は国の重要文化財に指定されている。
 家運隆盛、事業発展、厄除開運などのご利益があり、参拝者で年中賑わっている。
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2007/1/24


下時国家 Shimo-tokikunike Shimo-Tokikuni House

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 平家の子孫、平時国(たいらのときくに)を祖とする家。壇ノ浦の合戦後、平家の武将、平時忠(たいらのときだた)は能登に流され、その後、輪島に移り住み、時国家(ときくにけ)の祖となる平時国が生まれたとされている。
 時国は平家を捨て、姓を時国とした。貧困に喘ぐ輪島の農村・農民を助け、人心を得てこの地の豪農となり、江戸時代には、庄屋として名字帯刀を許可された。
 十三代籐左右衛門時保の時、次男の千松が分家、下時国家を名乗る。藩の山役や塩吟味役などを勤め、本家とともに繁栄した。
 現在の住宅は寛文十(1670)年、分家の時の建築、と言われているが確証はない。
 奥能登農家の大型の家屋で、土間が広いのが特徴である。庭園も国指定の名勝。
 壇ノ浦の戦いで命を落とした安徳天皇を祀り、能登安徳合祀時国家とも呼ばれる。
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2007/1/23


御城番屋敷 Oshiroban-yashiki House for Castle Guards

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 御城番屋敷とは、三重県の松阪市殿町の、かつて紀州藩藩士が住んでいた組屋敷の事である。
 文久三(1863)年に建築された屋敷は、松阪御城番40石取りの紀州藩士20人と、その家族が住んでいた。主屋2棟・前庭・畑・南竜神社・土蔵よりなり、周囲には槇垣(まきがき)が巡る。
 主屋2棟は重要文化財、土蔵は県指定文化財(建造物)である。
 屋敷は今も子孫が維持管理し、実際に住んでいる。全国的に現存例の少ない武士の組屋敷であり、小路を挟んで2棟からなる構成も他に例を見ない。
 なお、松阪市は1戸分を借用して復元整備した上、1990年より一般公開している。
 ここは槙垣と石畳をはさんで静かに息づく歴史空間であり、時代劇に出てくるような長屋は、江戸の風情を今に伝える貴重な財産であると言える。
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