NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/1/17


天目釉 Tenmokuyuu 

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 天目釉(てんもくゆう)は、中国より伝わった、五%以上の鉄分を含んだ黒色の釉薬である。
 天目という名前の由来は中国浙江省の天目山から由来している。天目山の禅寺で修行した日本の僧が、茶碗を持ち込んだのが日本での始まりと伝えられている。
 国宝にも指定されている七色に輝く虹彩を放つ「曜変天目」をはじめ、水中に浮かんだ油のような斑点模様の「油滴天目」、稲の穂先のように流れる縞模様の「禾目天目」、本物の木の葉を貼り付けて焼く「木の葉天目」などその種類は多く、産地、時代、釉調、文様、釉色等で分類されてる。
 東洋最古の釉薬ともいわれ、主に茶碗に使われながら茶道の歴史と共に今に受け継がれ、愛されている。この釉薬が生み出す茶碗には、二つとして同じ色調のものがない。その偶然性と希少性ゆえに、今も昔も陶工たちの探究心を揺さぶる釉薬である。
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2007/11/27


柳川まり Yanagawa-mari Yanagawa Handballs

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 柳川まりは、福岡県柳川市にて造られている伝統的な鞠である。福岡県指定特産民芸品とされる。
 柳川地方のひな壇には、初節句に女子に贈られた「さげもん」と呼ばれる独特の風習がある。
 縁起のよい鶴などの手作りの縫いぐるみと、鮮やかな七色の糸で巻いた大まりを下げ輪の中央に、小まりと縫いぐるみを交互に下げ輪に吊り下げたものの事である。
 この「さげもん」に使われる鞠こそが、柳川まりである。
 丸くした木綿の上に綿をかぶせ、しつけ糸で形を整え、その上の草木染めした木綿糸や現代的色調のリリアンを巻いて作りあげる。
 旧柳川藩主の立花邸の腰元たちが作っていたのが町家に広まったと言われている。
 柳川まりは、城下町としての手まり文化を今に残す、貴重な伝統民芸品である。
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2007/8/13


愛媛 大樽の滝 Ehime Ootaru-no-taki 

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 愛媛の大樽の滝(おおたるのたき)は、愛媛県西条市下津池にある落差35mの滝である。朝日を浴びて滝に虹がかかることから、七色の滝とも呼ばれている。西条市名水名木50選のひとつ。
 国道194号線を西条市内より高知県に向かい、石鎚芸術村チロルの森を過ぎ、大樽トンネルを抜けてすぐのところにある。
 木々の間から岩肌を滑るように落ちる大樽の滝は、滝の水量は多くないが、数条の流れは水飛沫を上げ、風が吹くと飛沫がなびき、山あいの美しい景観をいっそう引き立てている。
 普段は水量が極端に少ないが、雨季や、雨の降った後に行くと、訪れる者に素晴らしい直瀑の瀑布を見せてくれる。
 滝に登って行く道にはギンバイソウが多く咲いており、滝壺の周りにはヒメレンゲも咲いている。
 愛媛の大樽の滝は、雨量の多い時には大迫力となる名瀑である。
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2007/6/26


豊平峡ダム Houheikyou-damu 

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 豊平峡(ほうへいきょう)ダムは、北海道札幌市の定山渓(じょうざんけい)からさらに7kmほど上流の渓谷・豊平峡にある、高さ102・5m、長さ305mのアーチ型のダムである。
 ダムの周辺には荒々しい渓谷と原生林が広がり、ダイナミックな景観が楽しめる。ダム湖は定山湖(じょうざんこ)と呼ばれ、支笏洞爺国立公園内にあり、紅葉の名所として有名である。モミジやナナカマドが七色に色づく眺めは最高だ。
 豊平峡では、ダム入り口の冷水トンネルからダムサイトまで一般車両の乗り入れを禁止し、代わりにダムまで行くのに無公害電気バスを使用している。こうして、ダム周辺の環境は美しいまま守られているのである。
 こうした環境保護が認められ、豊平峡ダムは林野庁の「水源の森100選」に選定されている。
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2007/6/20


滝上渓谷(錦仙峡) Takinoue-keikoku(Kinsen-kyou) 

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 滝上(たきのうえ)渓谷の「錦仙(きんせん)峡」は、市街地の中を流れる、全国でも珍しい渓谷。北海道紋別郡滝上町に所在する。
 滝上町の市街地中央を流れる渚滑川の急流が岩を浸食し、随所に奇岩が突出するこの渓谷は錦仙峡と呼ばれ、大小数々の滝を作っている。その景観は、「北海道観光百景」にも選ばれたこともあるほど勇壮で美しい。
 この渓谷の両岸には約2km余りの遊歩道があり、春には新緑、夏には木陰の涼、秋には紅葉と、四季折々の風情を楽しむことができる。とりわけ秋の紅葉は格別で、10月上旬から11月上旬にはナナカマド、イタヤ、カエデが辺りを七色に染め上げる。
 錦仙峡は自然を身近に体感できる、近隣の人々の格好の散歩道である。
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2007/5/8


土佐和紙 Tosawashi Tosa Washi Paper

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 土佐和紙は、平安時代の記録である「延喜式」にその名があり、天皇への献上品として、約1000年前には製造されていたと考えられている。
 水と原料に恵まれ、江戸時代には、土佐七色紙が創作され、幕府への献上品として藩の保護を受け、土佐の主要な特産品としてますます発展した。
 明治以降、洋紙が各地で生産されるようになると全国的に手すきの和紙製造は衰退したが、手すき和紙は今でも根強い人気があり、中でも土佐和紙は種類の豊富さと品質の良さで有名である。
 土佐典具帖紙や土佐清帳紙は国の無形文化財として指定されており、昭和51年12月には「土佐和紙」という名称で高知県の手すき和紙全体が国の伝統工芸品として指定された。
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2007/4/12


錦秋湖 Kinshuu-ko Lake Kinshu

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 北上川の治水用として和賀川の流れをせき止め、昭和39年に造られた人造ダム湖(別名湯田ダム)。錦色に燃える秋の紅葉を映す湖面はとりわけ見事で、「錦秋湖」の愛称で呼ばれるようになった。
 美しい自然と、水位の変化で様々な表情をみせる湖は、四季を通して訪れる人々を楽しませる。
 錦秋湖マラソンで知られる「錦秋湖湖水まつり」は新緑を満喫できる絶好のイベントとなっている。上流の浅瀬は鮎釣りの釣り人達でもにぎわう。
 メインとなる花火大会では豪華花火が打ち上げられ、湖面が七色に輝き見る人を楽しませる。
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2007/1/31


赤津焼 Akazu-yaki Akazu Ware

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 赤津焼は、約1000年前が起源のされている。赤津地域のみ産出したとされる原料や、陶土に恵まれたことが、すぐれた陶工職人を輩出したと思われる。
 使用する陶土は本山木節粘土と赤津がいろ目粘土、赤津山土に限定される。
 仕上げに近い工程で使われる七色の釉薬は平安時代の灰釉に始まり、黄瀬戸、志野、織部など、その美しさは見事な輝きを放つ。
 時代が変わると全国的に陶器の作品が主流であったものが磁器に変化していく中、赤津では陶器へのこだわりを追求し、ぬくもりある質感を大事にし、ほとんどが家内工業として受け継がれてきた。
 主な製品には茶華道具や皿、椀などの一般品が多い。伝統的工芸品に指定されている。
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