NIPPON Kichi - 日本吉

2007/3/5

三川内焼 Mikawachi-yaki 

Jp


 16世紀末の豊臣秀吉による朝鮮出兵に参加していた、土地の支配者が、朝鮮から連れ帰った陶工に窯を焼かせたのが起こり。明治維新まで平戸藩の御用窯として栄え、平戸藩が窯の経営を行っていた時代、天草地方で陶石が発見され、技術・技法が飛躍的に発展した。その伝統は今も受け継がれ現在14の窯元がある。
 唐子絵は唐の子どもたち(唐子=からこ)が松の木の下で牡丹に飛ぶ蝶と戯れている様子が描かれている。当時は、描かれた唐子の人数により用途が異なっていた。7人唐子は将軍家や朝廷への献上品の献上唐子とよばれ、5人唐子は藩用、3人唐子は一般大衆用とされた。
 透かし彫りは彫刻で、金属・木・石などの薄板を打ち抜いて模様をあらわす技法。また、その彫刻したもの。 
 欄間の彫刻、刀剣の鍔(つば)などに見られ、色々な焼き物などで使われる技法として有名である。

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住所
859-3151 長崎県佐世保市三川内本町343
名前
三川内陶磁器工業協同組合
電話
0956-30-8311
HP
http://www.mikawachi-utsuwa.net/




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