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2007/8/23


緒川城址 Ogawa-jou-shi Ogawa Castle Ruins

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 緒川城(おがわじょう)は水野貞守が文明年間(1469~1487)に築城したと言われる。以来約130年間、水野氏の居城として栄えた。四代忠政の娘で、徳川家康の生母、後の伝通院、於大の方(おだいのかた)が亨禄元(1528)年に誕生した城としても知られ、城址内に於大の方出生地の碑が立っている。
 水野氏の起こりは、全国を放浪していた小川氏の末裔の貞守が、小川村の西南の台地に城を築いたのが始まりである。貞守は尾張東部の水野という地に滞在していた時、姓を「水野」と改めた。そして貞守の子孫の代となった時、いつしか小川の地を「緒川」と改めたようだ。
 水野氏は周囲の織田、松平(徳川)、今川の間で波乱の日々を送った。江戸時代には代々譜代大名として各地の藩主となる。天保の改革で知られる老中水野忠邦はこの子孫にあたる。
 地元の人からは古城(ふじろ)と呼ばれている緒川城址。現在は公園になっており、北側の土塁の一部が残っている。
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2007/2/28


マダラ鬼神祭 Madara-kijin-sai 

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 その源流は、インドの外金剛部の神にして、観世音菩薩の主宰したまう補陀洛浄土の守護神である。
 雨引山炎上の際、摩多羅神が現れ鬼類を督し、七日七夜にして荘厳な現在の観音堂を建立したといわれている。
 マダラ鬼神祭は、この鬼神の恩徳に報謝せんがために、寛永18(1641)年、住職尊海が時の老中松平伊豆守信綱の庶弟であった縁を以て、幕府に願い出て許され、年中行事の大祭として修行しきったもの。350年の伝統を有する北関東随一の大祭である。
 寛永の昔、この祭典を始めるに当たり、時の老中松平伊豆守信綱侯が寄進された袈裟は今日に伝えられ、摩多羅鬼神祭の当日、マダラ神が被着している。
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