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2008/7/10


絵因果経 Eingakiyou 

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 絵因果経(えいんがきょう)は、仏伝経典「過去現在因果経」に絵を加えた書画である。現在、上品蓮台寺、醍醐寺、東京藝術大学にあるものが、それぞれ国宝に指定されている。
 紙の下半分にお経が書き写され、上半分は下のお経にある代表的な場面を絵で表したもので、写本の一種といえ、日本の絵巻物の源流ともされているものである。
 内容は、釈迦の前世の修行物語から始まり、釈迦がどのような原因で人間の根源的な苦しみや迷いから開放されて、悟りを開いたかという事を物語風に説いたもので、釈迦の伝記といえる。
 国宝となっているのは、8世紀の奈良時代に書き写されたもので、画風はきわめて古風で素朴、絵に塗られている絵具の色も鮮やか。
 絵因果経は、奈良時代の絵画と書を今に伝える、数少ない貴重な作品である。
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2008/4/4


蒲郡市 無量寺 Gamagori-shi Muryou-ji 

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 蒲郡市(がまごおりし)にある無量寺(むりょうじ)は、別名西浦不動ともいう。貞観元(859)年に真雅僧正の開創した古刹として知られ、また「がん封じの寺」として知られている。
 境内には戒壇めぐりの行場や、市内第二位の大きさを誇る天然記念物の大楠がある。
 無量寺には、中国は西安の慈恩寺をまねて作られた、高さ20メートルの大雁塔が建っている。塔は方形が七層のつくり。慈恩寺という寺は玄奘三蔵(三蔵法師)が天竺から持ち帰った経典の翻訳を行なった寺として知られている。
 無量寺の隣に建てられているのが、がん封じ堂である。絵馬には人形が描かれており、がんを直したい箇所を黒く塗るようになっている。堂には絵馬がびっしりと掛けられており、この寺の信仰にあやかって参詣する人々が多いことがうかがえる。
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2008/2/18


貞照院 Teishou-in 

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 後世の愛知県碧南市発展に繋がったといわれる伏見屋新田(ふしみやしんでん)を、親子二代にわたって開拓したのが三宅又兵衛(みやけまたべえ)という江戸で米穀商を営んでいた人物。その縁者が元禄年間(1688~1704)に草庵を築いた。後に有志が集まり寺としたのが貞照院(ていしょういん)の始まりとされる。
 貞照院の象徴ともいわれる茅葺きの山門は応永年間(1394~1428)に建立され、碧南市に現存する建造物の中では最古のもの。
 二二四一冊の経典が納められている経蔵(きょうぞう)は天明五(1785)年頃に建立されたと伝えられる。毎年夏には大蔵経の供養の後、経典の「虫干し供養」が数日にわたって多くの参詣者達によって行われる。
 貞照院はまた秋の紅葉の名所としても親しまれている。
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2007/11/14


伊賀組紐 Iga-Kumihimo 

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 伊賀組紐(いがくみひも)は、三重県伊賀市で発祥したとされる工芸品である。国の伝統的工芸品に指定されている。
 組紐とは、絹糸で主に金銀糸などを組糸に使い、高台、丸台、角台、綾竹台などの伝統的な組台を使って繊細な美しさを持つ紐に作り上げたものである。
 伊賀組紐の組紐技術は、奈良時代、仏教伝来とともに大陸から伝えられたとされ、経典や袈裟などに用いられた。
 武士階級の時代になると甲冑や刀剣の紐が多く生産されるようになり、武具類を中心とする組紐文化が生まれた。
 明治維新後の廃刀令で武家社会が崩壊してからは、江戸時代の伝統組紐の技術は和装に欠くことのできない帯締め、羽織紐へと移行していった。
 伊賀組紐は現在、和装だけでなく洋装にまで幅広く利用されている、伝統ある工芸品である。
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2007/10/9


八王子 白山神社 Hachiouji Hakusan-jinja Hakusan Shrine in Hachioji

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 八王子の白山神社(はちおうじのはくさんじんじゃ)は、東京都八王子市中山にある神社である。祭神は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)。
 創建年代は明らかではないが、平安時代に比叡山、西塔の僧武蔵坊弁慶の血縁であった弁智が法華経を奉納した、関東七社の一社であると伝えられている。
 天正一八(1590)年、豊臣秀吉と北条氏政・氏直が戦った小田原合戦で焼失したが、慶弔一八(1613)年、再建された。
 境内には、仏教の経典を埋めた経塚があり、出土した仁平四(1154)年の如法経奥書には、かつて神社に隣接した神宮寺である長隆寺があったと記されている。
 また、樹齢1000年以上の高野まきの老木があり、都の記念物に指定されている。
 八王子の白山神社は、長い歴史を誇る古社である。
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2007/8/10


七福神 Shichifukujin The Seven Gods of Fortune

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 「七福神(しちふくじん)」は、福をもたらすとして日本で信仰されている七柱の神で、一般には恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁才天、福禄寿、寿老人、布袋の七神とされている。
 時代によってこの顔ぶれに異同があり、元は福神の一員であった猩猩、稲荷が外れたのは、人間の姿ではなかったためと言われている。
 六神でもなく八神でもなく、七神にこだわったのは、仏教経典の「七難即滅七福即生」、中国の「竹林の七賢」にちなんだとされている。
 おめでたい存在とされ、七福神めぐりが行われたり、正月に枕の下に七福神の乗った宝船の絵を入れておくと良い初夢が見られるなどの言い伝えがある。
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2007/6/1


岐阜 かご大仏 Gifu Kago-daibutsu The Great Buddha of Gifu, the Basket Buddha

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 金鳳山正法寺の大仏殿に納められている「岐阜大仏」は、別名「かご大仏」とも呼ばれていて、乾漆仏としては日本一の大きさを誇っている。
 竹のかごを編んだ様に作られている事から、この様に呼ばれている。
木と竹と粘土で型を作り、その上に経典を写した和紙を貼って、漆を塗り、最後に金箔を貼って仕上げるという珍しい技法が用いられている。
 高さ13・63mのダイナミックなこの大仏は、38年もの歳月をかけて1832年に完成した。少し前屈みで、オーケーマークを出している様な右手の印相は和やかな印象を与えてくれ、親近感が持てる。
 胎内には木造の薬師如来像が安置されていて、拝観は出来ないが、大佛断面図で解説がされている。
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2007/2/12


海龍王寺 Kairyuuou-ji 

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 奈良県奈良市にある海龍王寺は、
731年、光明皇后が平城宮の東北(鬼門)の方角を守るため、開基したのが始りとされている。
 僧侶玄肪が帰船中、暴風雨に襲われ、命からがら唐から帰国。5千巻余の経典を持ち帰り日本の仏学に大きく貢献した。その後は、遣唐使たちの渡航の無事を願って、渡航安全祈願を営むようになる。法華寺の東北隅にあったことから、隅寺とも呼ばる。
 境内にある西金堂(重要文化財)には、高さ4メートルの国宝の五重小塔がある。細部の様式が薬師寺のものと似ており、当時の建築を知る貴重な手がかりとなっている。
 また、本堂には寺門勅額(重要文化財)、鎌倉時代に造立されたとされる十一面観音立像、文殊菩薩立像(いずれも重要文化財)が安置されている。
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