NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/9/29


寒川神社 Samukawa-jinja 

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 神奈川県高座郡寒川町宮山にある寒川神社(さむかわじんじゃ)は、相模国では最も社格の高い神社・一宮として長い歴史を持つ。
 創建時期については神亀四(727)年に社殿を建立したという記録もあり、定かでない。
 祭神は寒川比古命(さむかわひこのみこと)と寒川比女命(さむかわひめのみこと)。祭神については様々な諸説はあったが、明治九(1876)年に現在の祭神とした。
 歴史上では源頼朝、北条義時、武田信玄といった武将や、徳川家代々より崇敬を受けたと伝えられる。また、国内唯一の方位除・八方除の守護神として信仰を受けている。
 八方除の祈願は地相・家相・方位・日柄・厄年などに由来する全ての災難を取り除き、生活が好転・向上するようにと願うことである。その年が「八方ふさがり」に当たる人が八方除けの祈願のために特に多く訪れる。
 一年を通して祭りと行事が行われ、参拝者も後を絶たない神社である。
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2008/4/4


切込の裸カセドリ Kirigome-no-hadaka-kasedori Hadaka Kasedori (Naked Bird Festival) in Kirigome

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 加美町宮崎の切込地区に「切込の裸カセドリ(きりごめのはだかかせどり)」という小正月の行事が古くから伝わる。一月一五日の夜に行われる行事で、現在では県の民俗文化財に指定されている。
 切込の裸カセドリは、火災を防ぐ火伏せと厄払いを祈願すること、そして肉体的な試練を受ける通過儀礼の意味合いもあるといわれており、一五歳以上の男子が参加する。
 まず、初めての参加者や新婚者、厄年の者は頭に藁帽子を被り、裸の腰に注連縄(しめなわ)をつけ、家々の訪問に先立って他の参加者から水を浴びせられるという。
 そして「へそび」と呼ばれる竈(かまど)の墨を、顔や体や手につけて集落の家々をまわる。家に上がった者達は家人に墨をつけて、新年の挨拶をしてから酒や食べ物のもてなしを受けるという、とても変わった祭りである。
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2008/1/30


小僧不動の滝寒中みそぎ Kozou-fudou-no-taki-kanchuu-misogi Waterfall Purification at Kozo-Fudo Sui Shrine

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 毎年旧正月にあたる一月一五日、宮城県栗原市一迫長崎地区の小僧不動水神社では寒中みそぎが行われている。
 参加者は厄年や成人を迎えた男性。夜一九時頃、ふんどしにわらじ、白はちまき姿で俵みこしを担ぎながら登場する。この時の外の気温は零下8度前後。みそぎ中の安全を祈願すると小僧不動の滝に向かって走り、気合いを入れ滝つぼに入る。10メートル上空から落ちてくる滝に打たれ、胸まで水につかると肌が見る間に真っ赤に。家内安全、無病息災、厄祓い、五穀豊穣、合格等を祈願する。
 みそぎを終えると体から湯気をだしながら再び神社に参拝し、行事が無事に終了したことを報告する。見物に訪れた人たちからは歓声と拍手が沸きあがる。
 その後暖かいどんと焼きの前で、甘酒を飲みながらほっと息をつき、足早に家路に着く。
 身を清め、同時に心が清められる清々しさを感じることができると、参加者には実はなかなか好評だ。
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2007/8/14


平原の滝 Hirahara-no-taki 

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 四季折々の色彩に彩られる平原の滝(ひらはらのたき)は、西尾市東部の山間地を流れ落ちる信仰の滝である。別名薬師の滝。滝水を飲めば長寿に、打たれると難病も治ると伝えられている。870年頃、比叡山座主慈覚大師が夢のお告げで発見したと伝えられ、およそ千年の歴史を誇る。
 高さ5mの大滝と2mの小滝からなり、特に小滝はうるう年に13本、それ以外の年は12本の竹のかけひ(水を引くために地上にかけ渡すもの)がかけられ、旧暦に合わせて善男善女が一心に背を打たれている。また、毎年7月初旬の滝開きの日には、白装束に身を包んだ厄年の男たちが滝に打たれ厄を落とす水垢離神事(みずごりしんじ)が行われ、本格的な夏の到来を告げる。
 滝周辺にはキャンプ場や遊歩道が整備され、四季を通じて自然を満喫することができる。
 
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2007/7/17


黒石寺蘇民祭 Kokuseki-ji-somin-sai 

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 黒石寺蘇民祭(こくせきじそみんさい)は、岡山・西大寺会陽、大阪・四天王寺のどやどやと併せ、日本三大奇祭の一つに挙げられており、千年以上の歴史を持つ祭である
 蘇民祭は旧正月7日の夜、水垢離をとった祈願者・厄年連が、黒石寺本堂、妙見堂を三巡して厄災消除・無病息災・家内安全・五穀豊穣を祈願する「裸参り」で幕開けとなる。次いで柴燈木(ひたき)と呼ばれる松の生木を井桁に組んで点火された炎の上に登り、火の粉を浴びて身を清める「柴燈木登り」の神事が繰り広げられ、「別当登り」、「鬼子登り」と続き、いよいよ夜明け近く、クライマックスの「蘇民袋争奪戦」へと移る。
 蘇民袋とは、「小間木」と呼ばれる六方型の木製の護符を入れた麻の袋で、集まった善男善女はこぼれ落ちる小間木を、裸の男たちはさらに境内の外になだれ出て麻の袋を肉弾戦を繰り広げて奪い合う。最後は、袋の首を持った者が取主(とりぬし)となって、争奪戦は終わるが、なだれ出た群衆が向かう方向などで、その年の豊作を占うという側面も併せ持つ。
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2007/4/27


米川の水かぶり Yonekawa-no-Mizukaburi 

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 米川の水かぶりは、宮城県登米市東和町米川五日町にて行われる火伏せの行事である。国指定の民俗文化財とされる。
 12世紀後半、藤原秀衡の奥州三十三観音建立の際、大慈寺が札所にされた時に雲水の行として始まったと伝えられる。以来800年、1年も中止することなく続けられてきた伝統行事である。
 毎年2月の初午の日に、厄年を迎えた地区内の男性ら約30人が藁装束を身に着け、顔に墨を塗って扮装する。男性らは「ホーッ、ホーッ」と甲高い奇声を発しながら、通りの家々に置かれたバケツの水を屋根に掛け、町内約1kmを南から北に走り抜ける。
 水かぶりの一行が通りかかると、人々は争って装束の藁を引き抜き屋根に載せる。それが、火防や魔除けになるとされている。
 米川の水かぶりは、長い歴史と伝統を持つ奇祭である。
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2007/3/29


大東大原水かけ祭り Daitou-oohara-mizukake-matsuri 

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 大東大原水かけ祭りは岩手県一関市大東町大原で行なわれる冬の奇祭である。
 毎年2月11日、厄年の男たちが大原八幡神社での祈祷の後、白木綿の腹巻、褌に草鞋履きの姿で大通りを走り、沿道の人々に冷水を浴びせかけられ、厄を落とす行事。
 明暦三(1657)年、江戸城の天守閣が焼け落ち、江戸の大半を焼き払った振袖火事を厄日とし、防火祈願、無病息災を祈って行なう。
 水かけは神事の最後に行なわれるもので、仮装手踊り、しめ縄祈願、まとい振りや太鼓山車などの見所も多い。
 寒中に行なわれる男たちの勇壮な祭りとして、多くの見物客を集めている。
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2007/1/31


西方の水かけまつり Nishikata-no-mizukake-matsuri Mizukake Festival (Water Splashing Festival) at Nishikata

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 西方の水かけまつりとは、福島県田村郡三春町西方にて行われる珍しい神事である。
 応永(今から約600年前)の昔から継承されてきたという奇祭、水かけの神事は、村に疫病が流行ったとき水場から霧が立ち上り、まもなく疫病がおさまったという伝説が元になっている。
 村人達は神霊の加護に相違ないと信じ、塩釜神社で行っている水祝いの行事で水垢離(みずごり)をしはじめた。
 水かけ祭りは、水浴び・水祝い・泥かけ祭り等とも称し、祭礼は元旦に行われている。
 無病息災・子孫繁栄・五穀豊穣を願って、大滝根川にて禊ぎを済ませた青年たちが勇壮に水をかけ合う姿は、壮絶である。
 西方の水かけまつりは、近年は厄年や初老の厄落としを兼ねて参加する者もおり、国内では余り例のない稀な祭りである。
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