NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/5/26


高幡不動尊金剛寺 Takahatafudouson-Kongou-ji 

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 高幡不動尊金剛寺(たかはたふどうそんこんごうじ)は、関東三大不動のひとつと数えられる、高幡不動の通称名で知られる真言宗の名刹である。
 創建時期は古く、平安時代初期に慈覚大師円仁が、清和天皇の勅命を受けて不動明王を安置したのがはじまりとされている。
 建武二(1337)年に大風で倒壊した堂宇を、康永元(1342)年に儀海上人によって山の麓に移し変えられたのが現在の不動堂である。稀に見る古い文化財として、境内の仁王門と同じく国の重要文化財に指定されている。
 室町時代になると、鎌倉公方や上杉氏などの有力武将の帰依を受け、寺は隆盛した。その頃、関東で起きた戦乱の度に不動明王が全身に汗を流したという伝説から「汗かき不動尊」の名がついたという。
 金剛寺はまた、日野市生まれの新選組副長・土方歳三の菩提寺としても知られており、境内には歳三の像が訪れる人々を迎えるように建っている。
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2007/9/13


神寺不動尊 松景院 Kamitera-fudou-son Shoukei-in Kamitera Fudoson Shokeiin Temple

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 神寺不動尊・松景院(かみてらふどうそん・しょうけいいん)は真言宗のお寺で、天正一九(1591)年、実恵法印(じつえほういん)によって開山された。
 当時この辺りは田尻川と美女川に挟まれ、梅の古木が混ざった松林が茂っていた。さらに川端にある芽を竹に見立て「松竹梅茂る目出たき処、ここに厄除開運の寺を建てん」との願いにより、「梅光山松景院」の名が付けられたと伝えられている。
 開山以来、ここでは神仏習合の修験道の作法を修行するため「神寺」と呼ばれていた。明治時代に行われた廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)を免れ、神仏習合の信仰を今に伝える珍しい寺である。
 本尊である神寺不動尊は高さが約七メートル、重さ四〇トンを誇る規模である。二一万枚の護摩修行における護摩の木を、二一日間の断食修行でお焚き上げし、その灰を混ぜて造られたもので、世界でも類をみない大きさである。
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2007/9/6


秋保大滝不動尊大祭 Akiu-ootaki-fudou-son-taisai The Grand Festival at Akiu Otaki Fudoson Temple

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 秋保大滝不動尊大祭(あきうおおたきふどうそんたいさい)は、宮城県仙台市太白区秋保町馬場の秋保大滝不動尊境内にて毎年4月28日~29日に行われている祭りである。
 秋保大滝不動尊は国指定名勝・秋保大滝の側にある真言宗智山派の寺で、開山は慈覚大師円仁によって平安初期にされた。山寺立石寺奥の院とされる。
 大祭では、国の重要無形民俗文化財に指定されている、平家の落人が伝えたとされる八~一五歳の少女が、1から10までの数え唄を歌いながら舞い踊る可憐な「馬場の田植え踊り」や、悪魔退散を祈るダイナミックな「野口の鹿踊り」などの郷土芸能が披露される。
 他に、滝原の顕拝やしゃくなげまつりも催され、山野草の展示即売なども行われる。
 秋保大滝不動尊大祭は、地域ならではの見所満載な祭りである。
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2007/5/7


横山不動尊 Yokoyama-Fudouson 

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 横山不動尊は、宮城県登米市津山町にある曹洞宗大徳寺の通称である。本尊は不動明王。
 保元元(1156)年、百済から渡来した不動明王像を横山の森山中央に祀ったのが、横山不動尊の始まりと伝えられている。
 以来、明王山金剛寺として続いたが、永正元(1504)年、真言宗から曹洞宗に改宗の際に大徳寺と改称され、横山不動尊として親しまれてきた。
 不動堂は、津山杉が立ち並ぶ山麓に堂々たる構えを見せている。
 堂内には、弘法大師作と伝えられる高さ5mの木造座像が安置され、その胎内には、渡来した黄金の不動明王像が収められている。
 境内には青銅五重塔が建ち、池には昔から不動尊の御使姫(おつかいひめ)として大切にされてきた天然記念物の淡水魚「ウグイ」が生息している。
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2007/4/20


成田不動尊 Narita-fudouson 

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 成田不動尊は、千葉県成田市成田にある真言宗智山派の大本山・成田山新勝寺の別名である。本尊は、不動明王とされる。
 天慶3(940)年、寛朝大僧正によって弘法大師が敬刻開眼した不動明王を奉持し、東国鎮護の霊場として開山した。
 江戸時代には、歌舞伎役者の市川團十郎が成田不動に帰依して成田屋を名乗り、不動明王が登場する芝居を打つなどして、成田不動は庶民から厚く信仰された。
 真言宗智山派関東三本山のひとつであり、関東三大不動のひとつとされ、日本各地に別院がある。
 22万平方mの広大な境内には額堂や光明堂、釈迦堂、仁王門、三重塔が点在する。現在の大本堂をはじめ、見所は多い。
 成田不動尊は、人々に親しまれ、年間1000万人もの参拝者が訪れる名刹である。
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2007/4/17


目黒不動尊 Meguro-fudouson Meguro Fudoson

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 目黒不動尊とは、東京都目黒区下目黒にある天台宗の寺院・瀧泉寺の別名である。関東三十六不動霊場第十八番とされる。
 本尊の不動明王像の目が黒いため、目黒不動と呼ばれる。地名の「目黒」は、この目黒不動に由来するとする説もある。
 大同三(808)年に慈覚大師円仁が、下野国から比叡山に赴く途中に不動明王を安置して開創したと伝えられる。
 江戸城を守るために配置された江戸五色不動のひとつであり、山手七福神のひとつとして恵比寿神を祀っている。
 境内の独鈷滝を浴びると病気が治癒するとの信仰があり、寺名の由来となった。
 目黒不動尊は関東最古の不動霊場として、日本三大不動の一つに上げられる寺院であり、文化・文政の時代には富籤で親しまれていた古刹である。
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