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2008/11/6


南京玉すだれ Nankin-tamasudare 

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 「アァ、さて、さて、さてさてさてさて、さては南京玉簾」。
 この独特の呼び込みから始まるのが、日本の大道芸の一つである南京玉すだれ(なんきんたますだれ)である。
 一人の演者が、長さ20~30数cmの竹製の小型のすだれを持ち、唄にあわせて踊りながらすだれを変化させて釣竿や橋、しだれ柳などに見立てる芸である。
 歴史のある芸で、その発祥は富山県の民謡こきりこ節に用いられるささらが原型といわれ、玉すだれを使った大道芸が現れたのは江戸期になってからである。
 正式名称は「南京無双玉すだれ」とされ、当時の大国であった明の大都市、南京の名をつけることで、芸の希少性や価値を高める意図があったとされ、南京発祥の芸ではない。
 現在町で見かけることはほとんどなくなったが、今もいくつもの保存会や流派があり、また、カルチャースクールなどでも教室が数多く開かれるなど、大道芸としての認知度はゆるぎないものとなっている。
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2008/10/23


帆布竹刀袋 Hanpu-shinai-fukuro 

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 この帆布竹刀袋は、国産の8号帆布と天然皮革で創ったフリーサイズの2本入竹刀袋である。
 帆布は厚手の綿織物で、帆船の帆やテントなど、様々な用途で使用されている。張りがあり丈夫で、天然素材のため、風を良く通し中の物が蒸れない。
 使っているうちに柔らかくなり、馴染むと味が出てくるのが特徴で、時間が経つに連れて新品の時とは違った風合いになる。
 32や34など短い竹刀の場合、上部を折り曲げて固定する、小学生から大人まで使える竹刀袋で、素早く開閉できるマジックテープ式は便利であり、ファスナーをスッと開ければ誰でもスムーズに竹刀を取り出せる。
 鍔・鍔止めは上部ポケットに収納されており、背負い紐は長さを無段階調節できる。木刀の持ち運びにも便利な革ベルトと足元ポケット付。
 帆布竹刀袋は、丈夫で使うほどに味の出る、便利な竹刀袋である。
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2008/9/19


高野純一 Takano Junichi Junichi Takano

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 創業、天保元(1830)年の「白木屋中村伝兵衛商店」の七代目中村悟氏を支えて店長を務める。
 江戸の京橋を流れていた京橋川。
 高速道路となったその河岸は昔「竹河岸」といい一日5、6万本の竹が水揚げされ、あらゆる生活品の材料が集まる場所であった。
 白木屋は初代藤兵衛が竹とホウキモロコシを使って箒を作り始めて以来、ずっと変わらずこの地で「江戸箒」を作りつづけている。
 高野氏と箒とのきっかけは、配達のアルバイトであった。初めて触れた江戸箒の「用の美」そして職人高木清一氏の仕事。それに惚れ込み、今では店を担っていく重要な人材となっている。
 「箒」には、使い捨ての関係にはない時間の流れがある。職人は使う場面を追求して箒に軽さとコシと柔らかさを実現させ、使い手は家を清める道具として畳から外へと順に下ろしながら箒と相棒になっていく。人と道具との関係性が、職人から使い手に受け継がれ、育まれていくのだ。
 材料、技、人。作り手として人と道具の関係を次世代に繋ぐため、ひとつひとつ行動し続けている。
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2008/9/12


雪村うちわ Sesson-uchiwa 

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 雪村(せっそん)うちわは、古来より茨城県常陸太田市で作られてきた、伝統的な工芸品である。室町時代の天正年間(1573~1592)、常陸太田の耕山寺の禅僧であった雪村がはじめたものと伝えられている。
 内輪の骨には地元産の真竹を使用し、幅2cmの竹を四十本に裂いて作る。表面の紙には西ノ内和紙が用いられている。
 また、雪村は画家としての才能もあった人物で、うちわの表面には馬や茄子、かかしや水戸八景などが水墨画で描かれていた。
 現在でもそうした図柄は雪村ゆかりのものとして表面に描かれており、出来上がるまでの三三の工程全てを手作りするなど、人の温かみ溢れるうちわによりいっそうの趣を加えている。
 水戸徳川家二代藩主である水戸黄門こと徳川光圀も愛用し、製作を奨励したといわれるそのうちわは、今も人々の傍らで涼を提供し続けている。
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2008/7/11


古樺細工 Furukaba-saiku 

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 古樺細工(ふるかばさいく)とは、秋田県仙北市角館町に伝わる伝統民芸である。県の有形民俗文化財に指定されている。
 樺細工は、天明年間(1781~89年)に佐竹北家により、秋田県北部から角館に技法が伝えられたのが始まりとされる。
 佐竹北家の城主に手厚く保護を受けた樺細工は、下級武士の副業として広まり、明治時代に入ると禄を失った武士が本格的に取り組み、盛んとなった。
 樺細工はヤマザクラの木の皮を用いて作られる、国内では他に見る事のできないもので、あめ皮、ちらし皮、ひび皮等12種類の木の皮を使用し、用途に応じて使い分けられている。また、仕上げられた作品に同一の物はない。
 藩政期の古樺細工12点は県指定有形民俗文化財であり、角館樺細工伝承館にて展示されている。
 古樺細工は、郷土に伝わる貴重な伝統工芸品である。
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2008/7/7


熊野筆 Kumano-fude 

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 熊野筆(くまのふで)は、広島県安芸郡熊野町で生産されている筆である。国の伝統的工芸品に指定されている。
 江戸時代の18世紀末ごろ、平地の少ない熊野では、農業だけでは生活が苦しいため、農閑期を利用して、奈良地方から筆や墨を仕入れ、売り捌いていた。
 今から約170年前には、広島藩の工芸の推奨により、全国に筆、墨の販売先が広がり、本格的に筆づくりの技術習得をはじめた。
 明治時代になると義務教育が始まり、筆の需要が高まって熊野筆は大いに発展した。
 特殊筆など、注文に応じて幅広い製品を生産しており、現在、原料の毛は中国やカナダから輸入され、軸は国内各地の竹と中国や台湾からの輸入品が使用されている。
 熊野筆は、今もなお親から子供、孫へと技術が受け継がれている、伝統工芸品である。
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2008/7/2


天平筆(雀頭筆) Tenpyouhitsu(Jantoupitsu) 

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 「天平筆(てんぴょうひつ)・雀頭筆(じゃくとうひつ)」は、芯となる毛に和紙を巻き、其の周りに毛を植えて穂を作るという製法の筆で、歴史は古い。
 日本に現存する最古の筆も、現在、正倉院に収蔵され、聖武天皇ゆかりの御物として伝え残る「天平筆(雀頭筆)」である。その「天平筆(雀頭筆)」は、17点の筆からなり、大きさ、長さ、筆管の装飾、筆帽の装飾、竹の種類、筆の穂などが、それぞれで異なっている。また、使われてる原毛も、狸毛、兎毛、鹿毛、羊毛、馬毛と、さまざまな種類の原毛が使用されており、象牙や黄金、銀糸などの高価な装飾が施されている点から、日用品としてではなく、観賞用、装飾品などに使われていたと考えられている。
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2008/6/13


チャッキラコ Cyakkirako 

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 チャッキラコは、神奈川県三浦市三崎の海南神社(かいなんじんじゃ)にて、毎年一月一五日に行われる伝統芸能である。国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 海南神社は、貞観八(866)年に建立された社である。祭神は藤原資盈(ふじわらのすけみつ)。
 チャッキラコの起源は、伝説では藤原資盈の娘・盈渡姫(みつわたひめ)が村の娘に教えたといい、他にも諸説あり判然としないが、江戸時代中頃には既に大漁祈願の祝いの踊りとして行われていた。
 踊り手は、おおよそ幼稚園~小学六年生の女の子で、晴着姿で扇を手に舞を踊る。
 名前の由来は、五色の紙を細く短冊に切り小さな鈴をつけた「チャッキラコ」と呼ばれる綾竹を持って踊る曲目からとされる。
 チャッキラコは、女性だけで行われる伝統の小正月行事である。
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