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因幡国庁は、大化の改新(645年)の後、全国各地に置かれた地方行政庁のひとつ。国の史跡に指定され、因幡国庁跡総面積3万2000平方mのうち、約7000平方mが史跡公園として整備されている。
この場所からは、1キロ平方m四方におよぶ建物の遺構が発掘されたほか、木簡、硯、瓦片、土師器(はじき)、須恵器など、飛鳥時代の文化・政治を知るための貴重な遺物が出土している。
因幡国庁と言えば、万葉集の編纂者としても名を馳せた大伴家持が、天平宝字二(758)年、因幡守に任命され、やってきたことでも有名だ。国庁からは東に甑山、南東に今木山、西に面影山の「因幡三山」が見える。これらの山々を眺めながら万葉集の最後を飾る歌「新しき年のはじめの初春の今日降る雪のいや重け吉事(いやしけよごと)」を詠んだ。
この場所からは、1キロ平方m四方におよぶ建物の遺構が発掘されたほか、木簡、硯、瓦片、土師器(はじき)、須恵器など、飛鳥時代の文化・政治を知るための貴重な遺物が出土している。
因幡国庁と言えば、万葉集の編纂者としても名を馳せた大伴家持が、天平宝字二(758)年、因幡守に任命され、やってきたことでも有名だ。国庁からは東に甑山、南東に今木山、西に面影山の「因幡三山」が見える。これらの山々を眺めながら万葉集の最後を飾る歌「新しき年のはじめの初春の今日降る雪のいや重け吉事(いやしけよごと)」を詠んだ。
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