NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/6/12


蚕の社 Kaiko-no-yashiro Kaiko no Mori

Jp En

 京都府は太秦にある蚕の杜(かいこのもり)は、正式名称を木島坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)といい、木の嶋神社(このしまじんじゃ)と呼ばれ、親しまれている。
 いわれは古く、推古一二(604)年の創建とされている。渡来人の秦氏(はたし)が養蚕と織物の神を祀ったのがはじまりといわれており、摂社である養蚕神社(こがいじんじゃ)が名前の由来とされている。幾たびの戦火に伴い社殿は焼失、現在の社殿は明治以降に再建されたものだという。
 社殿の西側に元糺の池(もとただすのいけ)という湧水池がある。その池の中央に、三柱鳥居(みはしらとりい)と呼ばれる、京都三鳥居の一つとされる珍しい鳥居がある。柱が三本あり、上から見ると三角形をなし、中央には組石で神座(かみぐら)が作られている。起源は不明だが、現存のものは天保二(1831)年に再建されたものだといわれている。
 蚕の杜は、現在でも製糸機織業者の信仰が篤く、町の氏神様としても親しまれている。
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2007/6/1


野麦峠 Nomugi-touge Nomugi Pass

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 かつて岡谷や諏訪など信州にある製糸工場へ、糸ひき稼ぎの為に、飛騨の13歳前後の娘達が列をなして吹雪の中を命がけで越えた「野麦峠」は、野麦街道の難所だった。娘達は疲れた体を休めるのに、「お助け茶屋」と呼ばれる茶屋で休んでから、熊笹の群生する峠を信州へ、飛騨へと下っていったという。
 北に乗鞍岳、南に御嶽山が望まれ、見渡す限りの景観はとても素晴らしい。
 この峠に生い茂る熊笹は10年に一度、麦の穂に似た実を付け、土地の人間には「野麦」と呼ばれていた。それが峠の名前の由来となっている。
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