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2008/11/4


松之山の棚田 matsunoyamano-tanada 

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 新潟県十日町の旧松之山町周辺には、棚田(たなだ)と呼ばれる水田の集まりがある。
 棚田とは、山腹などの自然の傾斜を利用し、階段状に作られた細長い谷にある水田のことをいい、全国各地に存在している。
 松之山は山間地にあり、平地が少ないために、人々は山を切り開いて階段状に水田を形成して耕地を増やしていった。冬は豪雪地帯となるため、豊富な雪解け水によって米作りに欠かせない水も十分得ることができた。
 棚田の作り方は、傾斜を土で固めた「土坡(どは)」と「石積み」の二つがあり、東日本一帯は土坡を用いて築造されている。
 美しい棚田の風景は、まるで桃源郷を思い起こさせるような幻想的な世界である。
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2007/10/12


片野の鴨池 Katano-no-kamoike Katano-kamoike

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 石川県加賀市片野町にある、広さ一・五四ヘクタール、深さ三・六メートルの池。ラムサール条約登録の湿地である。石川県指定の天然記念物。
 周囲は水田に囲まれているが、これらの水田は水底が低く作ってあり、秋になり水をせき止めると水没する。つまり片野の鴨池と一体化して、さらに大きな池のようになる。
 ここに毎年一〇月になると、たくさんの渡り鳥が越冬のために北からやってくる。その種類と数は日本一の規模といわれている。
 また、鴨を利用した米作りも行われている。
 鴨は餌をとるためにこの水田にやってくる。糞をするのでそれが有機肥料となり、雑草を食べてくれるので、除草剤を使なくてもよい。鴨と人が共棲する米作りであるが、近年は冬季は乾田化する農家も増え、鴨の数も減ってきているのが実情だ。
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2007/9/11


宮城 旭山 Miyagi Asahi-yama 

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 旭山(あさひやま)は、宮城県の北部、北上川と鳴瀬川の間に広がる仙北平野のほぼ中央に位置する、標高174mの丘陵である。
 豊かな水田地帯に囲まれた、ゆったりとした大地の膨らみは、全山が芝生に覆われており、奈良にある若草山にも似た山容を呈している。
 宮城県内でも有数の桜の名所として知られており、シーズンになれば、ソメイヨシノやヤマザクラ、ツツジなどが咲き乱れ、訪れる人々を楽しませてくれる。
 山頂まではおおよそ800mの登山道も整備されており、ハイキングにも最適な山である。
 天気のいい日には、山頂から遠く太平洋や松島を一望することもでき、金華山島や栗駒山、船形連峰、蔵王連峰などの雄大なパノラマを余すところなく堪能することもできるだろう。
 近くには宮城県十七寺にも数えられる名刹箱泉寺や京都清水寺と同じ様式で建設された観音堂も見られ、散策にももってこいの場所である。
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2007/7/27


名取川 Natori-gawa 

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 名取川(なとりがわ)は、その水源を宮城、山形県境付近に聳える神室岳(かむろだけ)に発し、宮城県のほぼ中央を流れて、太平洋へと出る清流である。
 「なとり」という名称の由来については、アイヌ語で渓谷を表す「ナイトリベツ」に語源を有する説や、古来は下流部が入り江となっていたため、アイヌ語で静かな海を表す「ニットリトン」から来ているという説、湿地の意味のアイヌ語「ヌタトリ」から、丹取(にとり)と呼ばれるようになり、それが転訛した等、様々ある。
 河川上流には二口渓谷や磐司岩、秋保大滝など自然美あふれる景観を有し、流域には旧石器時代から縄文時代にかけての遺跡も多く、古来より人々の生活を支えてきた川でもある。
 また、仙台藩祖伊達政宗公は、伊達六二万石の城下町を築くにあたり、名取川下流域の水田開発を盛んに行い、今の仙台の隆盛の礎をもたらすこととなる。
 奥羽の大自然と、そこに集う人々が織り成してきた悠久の歴史をたゆたえ、今日も川は穏やかに流れている。
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光明の滝 Koumyou-no-taki 

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 光明の滝(こうみょうのたき)は、宮城県仙台市の北西に聳える北泉ケ岳に源を発する、長谷倉川上流部にかかる直瀑の滝である。
 森深く、静かな山あいの中にある名瀑として知られており、落差7mから駆け下りる水量は迫力がある。
 雪解けなどで水量が増えるころにはその迫力はさらに増し、直瀑特有の豪快さを見せてくれる。
 新緑の季節になれば、青々とした緑に囲まれた中、豪快に流れ落ちる滝がみずみずしい清涼感を運んできてくれる。
 また、この滝はそこに訪れるまでの道程も、楽しみの一つである。
 のどかな田園風景の中をゆっくりと歩を進めれば、水田に引かれる水の流れる心地よい音や育った稲の葉擦れの音など、風情ある情景を堪能できる。
 そして、滝に近づくにつれ、大きくなる水の音とやがて見えてくる白い瀑容。
 水の持つ癒しの力は、音にも隠されているのかもしれない。
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2007/7/26


富士沼 Fuji-numa 

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 富士沼(ふじぬま)は、宮城県石巻市にある63ヘクタールほどの沼である。
 北上川の近くにある富士沼は、水田にも囲まれ、毎年冬には雁や、数百羽ものハクチョウの飛来地として知られる。
 多くの観光客や地元の人々に餌付けされている鳥達は、人間が近づいても怯える様子もなく、慣れている。
 また、春から秋はフナやブラックバス、冬にはワカサギの釣り場としても人気の場所で、近年は大会が行われる等、釣り客でにぎわう釣りのメッカとして有名である。
 沼は神秘的で、四季を通して美しい風景に満ちており、静かな水辺の周囲は貴重な動植物の宝庫ともなっている。
 富士沼は、バードウォッチングや豊富な魚の釣り場として高名な場所である。
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2007/5/14


栗原寺跡 Kurihara-ji-ato 

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 宮城県栗原市にある栗原寺は、長く幻の寺とされていたが、近年の発掘で、寺の一角に跡が発見され、現在その寺は栗原寺と改称されている。
 「義経記」によると、金売り吉次に伴われ平泉に向かっていた少年の義経は、栗原寺に泊ってから平泉に入り、藤原秀衡に匿われ養育された。また、平氏追討で偉功をたてた義経が、兄の頼朝に追われ二度目の平泉入りをした時も、やはりこの栗原寺に泊まり、秀衡(ひでひら)に面会している。
 鎌倉幕府の正史ともいうべき「吾妻鏡」には、秀衡の子・泰衡(やすひら)の遺臣・大河次郎兼任が、羽後から一迫に討って出て、鎌倉方の武将達と清水田で戦って敗れ、栗原寺に逃げ隠れたとされる。まさに、奥州藤原氏の歴史の一端が眠る場所である。
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2007/4/20


小石川後楽園 Koishikawakourakuen Koishikawa Koraku-en Garden

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 小石川後楽園は、東京都文京区にある都立公園。もとは水戸徳川家、江戸の上屋敷の庭である。国指定の特別史跡及び特別名勝に指定されている。
 寛永六(1629)年、水戸徳川家初代藩主・頼房が築いた庭園を、2代光圀(水戸黄門)が改修して完成させた。
 光圀は作庭に際し、中国の「人々より先に憂い、人々より後に楽しむのが士である」という教えから「後楽園」と名づけた。
 旧書院を中心とする内庭部そして、大泉水を中心とする後庭部からなる。後庭部には西湖、渡月橋、大堰川、通天橋など内外の名所の他、水田などの田園景観を再現してあり、多彩な風景が楽しめる。
 7万平方m以上の広大な園内には、梅、桜、ツツジ、花菖蒲などが植えられ、四季折々の豊かな景色が広がっている。
 小石川後楽園は、都心に花咲く癒しの場である。
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