NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/4/25


小柳金太郎 Koyanagi kintarou 

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 秋田県、角館に伝わる伝統工芸品、樺細工の伝統工芸士。
 1976(昭和五十一)年、伝統工芸士に認定。黄綬褒章、労働大臣表彰、など多数を受賞。
 樺細工は江戸時代中期、佐竹藩の藩士が阿仁地方の修験者から伝えられた技法であり、下級武士の内職として工芸品を作ったのが始まりとされる。
 樹皮を加工するという世界でもまれな技術工芸であり、元々は印籠、煙草入、文庫などが作られていた。現在は茶筒や小箱などが多く加工されている。
 丈夫で長持ちするものを作る、というのが氏の信条であり。常に実用品としての美を追い求めながら、伝統を今に伝える職人である。
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2007/4/10


樺細工 Kaba-zaiku 

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 樺(かば)細工は秋田県仙北市角館町に伝わる木工品で、経済産業大臣指定の伝統工芸品である。
 江戸時代中期に佐竹藩藩士、藤村彦六が阿仁(あに)地方の修験者から技術を学んだのが始まりとされる。その後、下級武士の内職として広まり、藩の保護を受けて、参勤交代の際の江戸への土産物として広く知られた。
 ヤマザクラ類の樹皮を加工する、世界でも珍しい工芸品。元々は印籠、煙草入れ、根付などが主だったが、現在では茶筒、小箱などの実用品からブローチやタイピンなどのアクセサリーも作られている。
 桜の皮を用いながら樺細工と呼ぶのは、昔は樹皮を総じて樺と読んでいたなどの説があるが、明らかではない。桜皮細工と称する場合もある。
 桜自体の木目を鮮やかに用いた素朴で美しい工芸品である。
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2007/2/20


角館城 Kakunodate-jyou 

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 角館城(かくのだてじょう、小松山城)は、秋田県仙北市にある山城である。
 応永31(1424)年、戸沢氏が北浦郡の門屋城から居城を移した。その後、戸沢氏は仙北前田氏、本堂氏、楢岡氏らを傘下に組み込み、勢力を広げた。
 特に天正年間に活躍した戸沢盛安は、鬼九郎(夜叉九郎)の異名で恐れられたという。
 慶長7(1602)年、蘆名義広が角館城主となる。元和6(1620)年、一国一城令により廃城となり、城主は以後、山麓の館に居を構えるようになった。
 1656年、蘆名氏断絶後に佐竹義隣が赴任し、その支配は明治に至るまで続いた。
 現在、角館城南一帯には、近世になって佐竹北家により造られた武家屋敷が立ち並んでおり、「みちのくの小京都」と呼ばれ慕われている。
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2007/1/26


七戸城 Shichinohe-jo Shichinohe Castle

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 鎌倉時代に創築されたと言われ、長い間七戸南部氏の居城であった。江戸期になってからは南部(盛岡)藩領となり、代官所が置かれていた。
 城は柏葉城とも呼ばれ、作田川、和田川合流点付近の、北西から市街地へ延びる比高40mの洪積台地の先端を利用して造られている。遺構は本丸、二の丸、北館、下館、宝泉館、西館、角館の7郭より成り、(指定面積は約9万5千平方m)各郭には独立性が認められ、空堀、帯郭、腰郭、虎口、武者隠し等もみられる。  
 天正十九(1591)年、城主7戸家国は九戸政実の一揆に加担して滅び、翌年城は壊された。
 現在、七戸城跡保存管理計画に基づき、北館の発掘調査を行っているが、平成8年、本丸、二の丸間の堀跡が確認され、また15世紀頃の遺物が出土している。
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