NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/7/31


手甲 Tekkou 

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 手甲(てっこう)とは、手首に装着して手首を保護する道具である。
 元々は武士が刀から手首を守るための護身用の防具であったが、旅人や飛脚なども利用した。
 武具としてのものは革製が多く、旅や労働のためのものは藍染の木綿が用いられる事が多かった。現在でも農作業やガーデニングの際に使われれている。
 伝統的な装束に欠かせないものとして、武者行列や祭りの太鼓、時代劇やお芝居などにも活躍している。
 また、仏衣の死装束で用いられるものでもあるが、現代では、故人が生前愛用していた私服やパジャマなどを着させることが多くなってきており、死装束としてはあまり用いられなくなっている。
 今では様々な材質でつくられており、マジックテープで止めることができるものや、実用以外に手元を飾るアクセサリーとして使用されたりもしている。
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2008/7/14


小桜韋威鎧 Kozakuragawaodoshi-yoroi 

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 小桜韋威鎧(こざくらがわおどしよろい)は、山梨県甲州市塩山上於曾の菅田天神社(かんだてんじんじゃ)にある防具である。国宝に指定されている。
 菅田天神社は、承和九(842)年に創建したと伝えられる神社で、以来、甲斐武田氏の守護神として崇められてきた。祭神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)。
 小桜韋威鎧は、武田家代々の家督相承の印とされてきた鎧で、矢や刀を防ぐのに楯はいらないほどしっかりと作られているという意味から「楯無鎧(たてなしのよろい)」とも呼ばれている。
 武田氏の館の鬼門にあたるここに奉納したのは武田信玄で、織田氏侵攻により持ち出し、家臣によって向嶽寺(こうがくじ)の大杉の下に埋められていたのを徳川家康が発見し、再びここに戻したと伝わっている。
 小桜韋威鎧は、神功皇后の三韓遠征に功績をあげたとも伝わる、貴重な鎧である。
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2008/7/11


紺絲威鎧 Konitoodoshi-yoroi 

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 紺絲威鎧(こんいとおどしよろい)は、愛媛県今治市大三島町宮浦の大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)に伝わる防具である。国宝に指定されている。
 大山祇神社は、推古天皇二(594)年に創祠されたと伝わる、日本総鎮守ともされる古社である。祭神は大山積神(おおやまつみのかみ)。国宝8件、国の重要文化財75件を所有する日本有数の神社である。
 源平合戦で、屋島合戦に軍船130隻を率いて源義経軍に加わり、後には奥州藤原氏の討伐にも参加した三島水軍の総帥である河野通信(こうのみちのぶ)所用と伝わっている。
 見目が大変美しく、現在は源平合戦時代の鎧の代表作であるとされている。
 紺絲威鎧は、屋島・壇ノ浦の合戦の戦勝のお礼に奉納したと伝わる貴重な鎧である。
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紫綾威鎧 Murasakiayaodoshi-yoroi 

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 紫綾威鎧(むらさきあやおどしよろい)は、愛媛県今治市大三島町宮浦の大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)に伝わっている防具である。国宝に指定されている。
 大山祇神社は、推古天皇二(594)年に創祠されたと伝わる、日本総鎮守ともされる古社である。祭神は大山積神(おおやまつみのかみ)。国宝8件、国の重要文化財75件を所有する日本有数の神社である。
 紫綾威鎧は、鎌倉幕府の創始者・征夷大将軍の源頼朝(みなもとよりとも)が奉納したものとされている。
 鎌倉時代初期の作で、麻布の芯を綾布で包み、これをもって威した綾威の鎧は極めて珍しく、厳島神社に萌葱(もえぎ)綾威鎧が一領ある以外は紫綾威を含めて大山祇神社の四領を挙げ得るのみといわれている。
 紫綾威鎧は、鎌倉時代から伝わる、貴族的な趣を伝える鎧である。
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2008/7/10


赤絲威鎧 Akaitodoshi-yoroi 

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 赤絲威鎧(あかいとおどしよろい)は、日本の防具である。うち、5つが国宝に指定されている。
 鉄製または皮革製の短冊状の小さな板である小札(こざね)を、色糸やなめし革の紐を用いて縦方向に連結する事を「威す(おどす)」といい、元々は、威とは緒通しからの変遷であると言われている。赤い組紐で威した独特の日本鎧が、赤絲威鎧である。
 現在、そのうちの5つが国宝に指定されており、中でも愛媛県の大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)が所蔵しているものは、源義経が奉納したと伝わっている。
 また、奈良県の春日大社(かすがたいしゃ)には国宝の赤絲威鎧が2つあり、うち1つはやはり源義経が奉納したと伝えられる大鍬型赤糸威竹に虎金物の鎧である。
 他にも、青森県の櫛引八幡宮と東京の御嶽神社に、国宝の赤絲威鎧が納められている。
 赤絲威鎧は、古くから日本で作られてきた伝統の日本鎧である。
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2008/7/9


甲冑 Kacchu 

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 甲冑(かっちゅう)とは、戦闘において身を護る防具の事である。
 時代によって変わるが、甲は鎧(よろい)、冑は兜(かぶと)の事をさし、鎧は、身体のうちに胴体に着用する防御具の総称であり、兜は頭部の防具事で、鉄・金銅・皮革などで作られる。
 日本甲冑は構造によって九つの形式に分けられるとされ、上古に用いられた短甲・挂甲・綿甲冑、中世の武家政権時代に用いられた大鎧・胴丸・胴丸鎧・腹巻・腹当、近世江戸時代に用いられた当世具足がその形式とされる。
 日本の甲冑は、世界の防具と比較しても彩りが豊かで美しい事で知られており、その取り扱いにあたっては、素材が多種多様にわたる事や、兜・胴を中心に各部分をつないで組み立てる事から、構造上の理解が必須となっている。
 現代では、工芸品的、歴史資料的性格も持っている。
 甲冑は、鎧・兜をはじめとした日本伝統の防具である。
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