NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/10/16


ケベス祭 Kebesu-matsuri Kebesu Festival

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 ケベス祭は、大分県国東市国見町の岩倉社で、毎年10月14日の宵に行われる奇祭。
起源や由来は一切不明で、「ケベス」は「蹴火子(けべす)」が訛って転じたものだとされるが、詳しいことは謎のままの火祭りである。
 祭り当日の夜、奇怪な面を着けた「ケベス」がサマスタと呼ばれる棒を扇子で叩きながら境内を1周すると、猛然と燃え盛る護摩(ごま)焚きの火に向かって走り出す。それを白装束の「トウバ」が阻止しようとし、ケベスと火をめぐって攻防を繰り返す。そして、トウバが火のついたシダを持ち、境内を走り回り、見物客を追い回す。この火の粉を浴びると、その年は無病息災で暮らせるという。
 ケベス祭は、県指定無形民俗文化財であり、日本屈指の奇祭として注目されているという。
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2007/9/18


大浦太鼓踊り Ooura-taiko-odori 

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 大浦太鼓踊り(おおうらたいこおどり)は、鹿児島県南さつま市大浦町の日新祠堂(じっしんじどう)にて、毎年八月一五日のお盆に奉納されている踊りである。
 日新祠堂は、永田・吉見家の庭内にある、戦国時代の薩摩領主・島津忠良の位牌を祀る場所で、祭神は日新公の別名もある島津忠良。
 踊りの起源・起因はよく分かっていないが、忠良が大浦へ遊行した際に供覧に添えたとか、忠良自身が振り付けしたとか、それ以前から存在したなど諸説ある。
 踊りは、鉦2人、小太鼓2人、歌い手3人、大太鼓16人で構成され、大太鼓は白装束で太鼓に背旗、鉦・小太鼓・歌は花笠のかぶりものをして踊る。
 当日はまず日新祠堂に奉納し、西福寺で戦没者を慰霊して踊り、その後いつくかの集落にて踊る。
 大浦太鼓踊りは、地元では盆踊(ぼんのおどり)とも言われる郷土芸能である。
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2007/8/24


石鎚山お山開き Ishizuchi-san-oyama-biraki 

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 石鎚山(いしづちやま)は、加賀白山、越中立山、大和大嶺山及び釈迦嶽、駿河富士、伯耆大山とともに、日本七霊山のひとつにも数えられる四国の霊峰。標高は1982メートルである。この石鎚山お山開きは石鎚神社最大の御祭儀で、毎年七月一日〜一〇日までの一〇日間に渡って行なわれる。
 石鎚神社は、修験者の役小角(えんのおづの)が和銅三(710)年頃開山、後年、空海が修業を行ったとも場所とも伝えられる由緒ある神社。
 大祭前日の六月三〇日は出御祭で、神輿に納められた智・仁・勇の三体のご神像が、七合目にある成就社まで運ばれる。翌七月一日の朝、大太鼓の音に送られ、白装束姿の信者が御神像を背に、険しい山道を山頂へと駆け上がる。山頂では、ご神像拝戴(しんぞうはいたい)と呼ばれる、信者の背中にご神像を押しつける神事が行なわれ、人々は一年の無病息災を祈願、その後ご神像は頂上の社に納められ、祭りの期間中鎮座する。
 元々は女人禁制のお山であったが、現在ではそれは七月一日のみとなった。
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2007/8/14


平原の滝 Hirahara-no-taki 

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 四季折々の色彩に彩られる平原の滝(ひらはらのたき)は、西尾市東部の山間地を流れ落ちる信仰の滝である。別名薬師の滝。滝水を飲めば長寿に、打たれると難病も治ると伝えられている。870年頃、比叡山座主慈覚大師が夢のお告げで発見したと伝えられ、およそ千年の歴史を誇る。
 高さ5mの大滝と2mの小滝からなり、特に小滝はうるう年に13本、それ以外の年は12本の竹のかけひ(水を引くために地上にかけ渡すもの)がかけられ、旧暦に合わせて善男善女が一心に背を打たれている。また、毎年7月初旬の滝開きの日には、白装束に身を包んだ厄年の男たちが滝に打たれ厄を落とす水垢離神事(みずごりしんじ)が行われ、本格的な夏の到来を告げる。
 滝周辺にはキャンプ場や遊歩道が整備され、四季を通じて自然を満喫することができる。
 
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2007/8/7


滝山寺 鬼まつり Takisan-ji Oni-matsuri Oni Matsuri (Ogre Festival) at Takisanji Temple

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 滝山寺(たきさんじ)は、愛知県岡崎市滝町山篭にある天台宗の寺である。本尊は、聖観音。
 滝山寺の鬼まつり(おにまつり)は、毎年旧暦正月7日に近い土曜に行われる、天下泰平・五穀豊穣を祈り、三河路(みかわじ)に春を告げる祭りである。
 鎌倉時代に起源をもち、源頼朝の祈願から始まり、江戸時代、徳川三代将軍家光以後は、幕府の行事として行われていた。
 祭りのクライマックスの「火まつり」では、白装束の男たちが松明の火を手すりに叩きつけながら、寺のまわりを回り、竹でできた大きな松明が威勢よく鳴り、火の粉が粉雪のように舞う。
 本堂を焦がさんばかりに燃える松明と、鬼の乱舞が勇壮で、最後に厄払いとして燃え残った松明の枝を拾っていく。
 滝山寺の鬼まつりは、長い歴史を持つ壮大な祭りである。
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2007/7/23


竹ン芸 Taken-gei Takengei Bamboo Performance

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 竹ン芸(たけんげい)は、長崎県長崎市伊良林にある若宮稲荷神社(わかみやいなりじんじゃ)の秋祭りで奉納される行事。男狐、女狐に扮した若者が、高さ10m余りの2本の青竹の上で離れ業を見せる。
 竹ン芸は、約250年前から伝わる郷土芸能。お稲荷様の使いである狐が、祭囃子に浮かれ、遊び戯れる様子を再現したものだ。
 竹ン芸では、唐笛と締め太鼓、三味線の音が鳴り響く中、男狐、女狐役に扮した若者が白装束に身を包み、足を竹にからませて逆さまになったり、竹の真上をお腹に当てて大の字になったり、見事な技を次々と決める。狐たちは縁起物として紅白餅や生きたニワトリを竹の上から撒き、これを拾う見物客で賑う。クライマックスでは、男狐が逆さになったまま竹を滑り落ち、命綱のないまま行われるこの演技に観客は息を飲むほどのスリルを味わうという。
 竹ン芸は、2日間で昼夜合計5回演じられるが、特に夜の部は幽玄な雰囲気を味わうことができ、観光客にも人気を博している。
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2007/7/19


お山参詣 Oyama-sankei Oyamasankei Festival

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 お山参詣(おやまさんけい)は、青森県弘前市百沢の岩木山神社にて行われる祭りである。
 寛永五(1628)年、岩木山神社は下居宮の別当寺として創建された。祭神は顕国玉神他5柱で、合わせて岩木山大神と言う。
 神賑祭は初春と仲秋の二回開催されるが、「お山参詣」と呼ばれるのは、仲秋に開催される山上の奥宮の祭の方である。
 毎年旧暦7月29日~8月1日に行われ、五穀豊穣の感謝と祈願をこめ、山頂奥宮に村落毎に団体で登拝する古くからの行事である。
 白装束、白の手甲脚絆に身をかため、「サイギ、サイギ、六根清浄」と唱え、笛、太鼓の登山囃子に囃されながら集団で登って行く。
 山頂で夜を明かし、ご来光を拝み、「ばたら、ばたら、ばたらょ、いい山かけた」と唱えて下山する。
 お山参詣は、無事下山出来たものには果報が訪れるという、長い歴史を誇る神事である。
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2007/3/8


神倉神社 Kamikura-jinjya 

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 神倉神社は和歌山県新宮市、神倉山の山腹に位置する神社。
 熊野速玉大社の飛地境内摂社、元々は神倉神社が本社であったとも言われる。
 高倉下命(たかくらじのみこと)が神武天皇に神剣「布都の御魂」を下した事が開基とされる。神武天皇が東征の折に登った天磐盾(あめのいわたて)は、山上に位置する御神体の巨石「ゴトビキ岩」だと言われる。
 祭神は、神武天皇に神剣を渡した神、高倉下命である。
 急勾配の先に建ち、源頼朝が寄進した538段の階段が参道となる。
 毎年二月六日に行われる例祭は御燈祭(おとうまつり)と呼ばれ、急峻な山道を、松明を手にした白装束の男たちが駆け下りるその様子は勇壮であり、見るものを圧倒する。
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