NIPPON Kichi - 日本吉

記事数28件: 1~8 件表示     >>     >|  

2008/7/11


三越縮緬 Mikoshi-chirimen 

Jp

 三越縮緬(みこしちりめん)とは、日本に伝わる織物のひとつである。
 縮緬は、京都府丹後地方や滋賀県長浜地方で生産される白生地で、多くの着物が、この白生地に染色を施して着物に染め上げられる。
 蚕(かいこ)の糸を精練し、18本から27本程度の糸に撚りをかけながら一本の糸にする。
 右より一本、左より一本と交互に織られるものが一越縮緬と呼ばれ、元に戻ろうとする縮みがあり、色の深みを出す効果がある。
 三越縮緬は、その一越縮緬の収縮性を改良したもので、右より一本と左より一本との間に、弱撚糸と呼ばれる撚りの弱い糸を織り込む事で、撚りが元に戻ろうとする力を吸収し、収縮率を緩和する。
 三越縮緬は、表面が滑らかで縮みにくく、高級な手描友禅や江戸小紋などに好んで使われる、伝統の織物である。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2008/6/10


障子 Shouji 

Jp

 障子(しょうじ)は、扉や窓に用いられる建具の一つで、明かりを通すように木枠に薄紙を張ったものである。
 元来は、同じような建具である襖(ふすま)も含め、さえぎるものの意味を持つ障子という言葉を用いていたが、閉じたままで採光できるという機能から広く使用されるようになり、襖とは独立する形となった。
 その誕生は平安時代で、襖を元に工夫改良されて出来上がったと推測されている。
 現在のように薄紙を張った、現在の我々が目にする障子は「明かり障子」と呼ばれ、平安時代末期にはすでに存在していたとされる。
 他にも下部にガラスを入れた雪見障子やガラスを板にした腰高障子、一本の溝に二枚の障子を引き違いにした子持ち障子などいろいろな種類が存在する。
 誕生してから千有余年、現代では断熱効果や紫外線カット効果などで障子が見直されつつあり、また、インテリアとしても日本文化の特徴の一つとして、家々に穏やかな明かりと伝統、そして快適さを導いている。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2008/5/15


座布団 Zabuton 

Jp

 座布団(ざぶとん)は、床や畳の上に座る際に体の下に敷く調度品のことである。
 厚さ数cm程、一辺数十cm程でほぼ正方形をしており、基本的には、その上に座る事で体温が床面より奪われるのを防ぐために用いられ、いわゆるクッションとしての役目は本来、担っていない。
 鎌倉時代ごろに生み出され、当時は小さな正方形の薄畳の周辺を飾り布で覆った物であった。
 その後、様々な改良が施され、江戸時代中期には現在のように布の袋に綿などの緩衝材を入れる形となって庶民にも広く普及したとされ、板の間や畳敷きが多く、そこに直接座る文化を持つ日本独特のものともいえる。
 大きさによって茶席判や木綿判、銘仙判、八端判、緞子判、夫婦判など様々な種類があり、一般に最も広く流通しているのは銘仙判と八端判といわれている。
 生み出されてから長い歴史を持ち、その作法なども細々あるものではあるが、座る者に快適さとくつろぎを与えてくれる、まさに縁の下の力持ちである。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2008/3/11


桜皮細工 Kaba-zaiku 

Jp

 桜皮細工(かばざいく)は秋田県角館(かくのだて)に伝わる山桜の樹皮を材料とした伝統工芸品である。桜の木の皮を使った工芸品の歴史は古く、正倉院の御物の中にも見うけられる。
 角館で桜皮細工が始まったのは、天明年間(1781~1788)で、最初は下級武士の手内職として行われていたが、その後藩主が桜皮細工を地場産業として職人を育成し、それにつれて色々な技法も発展し編み出された。当初作られたていたのは胴乱と呼ばれる煙草入れや印籠だけに限られていたが、明治以降は問屋も出現し安定した産業へと発展していった。
 昭和に入ると、民衆工芸運動の先駆者であった柳宗悦(やなぎむねよし)らの指導の元に技術改良が進み、昭和五一(1976)年には秋田県で初めての経済産業大臣指定の伝統工芸品に認定された。現在では茶筒、茶道具、インテリアなど桜皮細工の世界は広がり、独特の色合いと手触りは多くの人を魅了し続けている。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2008/2/29


楢岡焼 Naraoka-yaki 

Jp

 楢岡焼(ならおかやき)は、秋田県大仙市南外に伝わる伝統陶器である。
 文久三(1863)年、地元旧家の小松清治が、秋田の寺内焼の陶工を招いて窯を作らせたのが始まりとされ、以後、小松氏が5代に亘って窯を守ってきた。
 時代と共に技術改良を重ねた結果、今日に見られる美しい青味を持つ焼き物が完成した。
 楢岡焼の最大の特徴は、高温で焼成した海鼠釉(なまこゆう)を、更にもう一度、酸素を入れない還元方法で炭火焼成する「海鼠釉焼締め」にある。
 この技法が、美しい青色と、時に窯の中の炎と隆灰で起こる微妙な釉の変化の面白さを生み出しているとされる。
 楢岡焼は、土を活かし、装飾を控え、使いやすさと温もり、そして美しさを追及した、秋田県が誇る伝統工芸品である。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2008/2/25


中山人形 Nakayama-ningyou 

Jp

 中山人形(なかやまにんぎょう)は、秋田県横手市の樋渡家(ひわたけ)に伝わる土人形で、元々は子供のおもちゃとして作られた。
 佐賀の鍋島藩お抱えの野田宇吉という陶工が、岩手の南部藩に雇われ、陶土を求めて横手にやってきた。その時、地元の樋渡ヨシが宇吉の長男と知り合い結婚し、義父から粘土細工を習い、横手地方に古くから伝わる串姉っこ人形からヒントを得て創作したのが始まりといわれている。明治七(1874)年頃のことで、窯のあった地名にちなんで中山人形と名付けられた。
 その後、樋渡家の後継者により改良が加えられ、型おこしの素焼きに手描きの彩色を施した明るい作風が郷土玩具愛好者らに支持され、広く知られるようになった。
 近年は、お雛様や天神様などの縁起物や歌舞伎を題材にした伝統人形を継承しながらも、時代にマッチした新作を次々と発表している。特に干支にちなんだ「干支土鈴」は最も人気があるシリーズで、その中の「土鈴羊」は昭和五四(1979)年度の年賀切手の図案に採用された。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



2007/11/14


椿 Tsubaki 

Jp

 ツバキ科・ツバキ属である植物の総称である「椿(つばき)」は、秋の終わりから春にかけて美しい花を咲かせ、良質の油が取れるなど利用価値も高く、自然志向の化粧品などに使われている。
 その種類は原種とされるヤブツバキをはじめ、日本産だけでも2000種以上とされ、様々な色、形など魅力的な花が楽しめる。
 厚葉樹(あつばき)や艶葉樹(つやばき)と呼ばれていたものが、変化していったとされ、古くから神聖な樹木として扱われた椿は古事記にも登場している。
 花の美しさを讃えた歌は万葉集でも歌われており、「春」の季語にもなっている。茶道や華道の流行によって、鎌倉時代から室町時代の頃に鑑賞される様になっていった。
 19世紀にはヨーロッパ諸国に伝えられ、園芸植物として品種改良が進み流行した為、「椿姫」など音楽や美術作品に取り上げられていく様になった。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します




錦鯉 Nishiki-Goi Nishiki-goi Carp

Jp En

 錦鯉(にしきごい)は、新潟県長岡市・小千谷市周辺にて発祥、繁殖された、鮮やかな体色が特徴の、真鯉を改良して作られた観賞魚である。
 日本書紀には、景行天皇(71~130)が鯉を池に放ったという記述があり、この頃から鯉が人により飼育されていた事が伺える。
 錦鯉は、文化・文政時代(1804~1830)に、現在の新潟県長岡市・小千谷市で食用鯉の突然変異種として誕生した。
 珍しいカラフルな色合いの鯉に驚いた村人達が、観賞魚として養殖し、以来様々に改良され、現在では80種以上の品種が作られている。
 名前は、品評会で大正三色の錦鯉を見た新潟県庁水産主任官が、そのあまりの美しさに「これはまさしく錦鯉だ」と感嘆したのがきっかけとされている。
 錦鯉は、世界中で愛好されている日本が誇る観賞魚である。
[+ADDRESS] この記事をお気に入りに、追加します



記事数28件: 1~8 件表示     >>     >|  
NIPPON Kichi - 日本吉 - 日本語に切り替える NIPPON Kichi - 日本吉 - to english

モノ・コト・ミル・ヒトで綴る
日本の美意識。

現在の記事 5445
カテゴリーズ
都道府県
キーワードシャッフル
お気に入り
キーワード検索
閲覧履歴



Linkclub NewsLetter