NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/10/31


渡月橋 Togetsu-kyou 

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 「渡月橋(とげつきょう)」は、京都嵐山の桂川に架かる、全長一五五メートルの橋である。
 別名「嵐橋」とも呼ばれるこの橋は、承和三(836)年、弘法大師の弟子である道昌(どうしょう)が、大堰川(おおいがわ)修復のとき架橋したものである。
 亀山上皇が、曇ひとつない夜空に、まるで月が橋を渡るかのような風景をみて「くまなき月の渡るに似る」とひと言もらしたことから「渡月橋」の名がついたといわれている。
 この橋は、応仁の乱での焼失や洪水などで幾度か再建されたが、慶長一一(1606)年に角倉了以(すみのくらりょうい)によって現在の位置に架けかえられた。
 現在の橋は昭和九(1934)年に鉄橋として改修されたものだが、橋の欄干(らんかん)や桁隠しやは木製を使い、昔の面影を今に伝えている。
 渡月橋の南には、桜の名所で全国的に有名な標高三七五メートルの嵐山がある。お花見や新緑、紅葉や雪景色など、まさに四季折々の素晴らしい景観が楽しめる場所である。

 
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2007/10/5


足助夏まつり Asuke-natsu-matsuri 

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 毎年八月のお盆に、足助川(あすけがわ)の遊歩道の1400キロの区間に約7000本の蝋燭を灯す夏まつりが開催される。
 この夏まつりは八月四日から一五日まで足助の古い町並み一帯でおこなわれる「たんころりん」と平行して行われる。
 たんころりんとは、油の入れた陶器の碗に芯を浸し火を付け竹篭を被せた、円柱状の行灯である。
 名前の由来は、灯りの影がひょうたんに似ているからとも、油を入れる椀にひょうたんの底を使い、それが不安定でころがることからとも言われている。
 ひょうたんころりんと呼ばれ、それが略されてたんころりんやたんころと呼ばれるようになった。
 この足助の人たちが試行錯誤で作り出したたんころりんが町並みに沿って点々と灯される。蝋燭の灯りで、美しい黒壁、白壁や格子戸を持つ伝統的な日本家屋が濡れたように光り輝く。
 情緒あふれる足助の町並み、川辺の遊歩道、橋の欄干が淡い光で満たされ、川面に揺らめき幻燈的な夜を演出する。また花火大会も開催される。
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2007/9/10


五十鈴神社 Isuzu-jinja 

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 宮城県気仙沼市にある、カツオの水揚げで名高い気仙沼港に程近い神明崎の上にあるのが五十鈴神社(いすずじんじゃ)だ。
 その興りは応永年間(1394~1428)にまで遡る。当時、周辺の村毎に一社の皇大神宮を祀ることになり、丸森に建立されたのが始まりとなる。
 その後の慶安年間(1648~1652)に現在の神明崎に遷座され、今に至っている。
 境内には御祭神を祀った産霊(むすび)社と、気仙沼に海苔養殖と製塩技術を導入した、地元産業開発の祖といわれる猪狩新兵衛翁の御霊を祀る猪狩神社があり、どちらも手厚く保護されている。
 また、神社のすぐ下の神明崎先端にあたる場所には浮見堂と呼ばれるお堂があり、お堂の左右に伸びる朱に塗られた欄干がちょうど海の上に浮いているように見えるなど、深い森と青い海が調和し見事な風景を見せてくれる。
 夜になればこの浮見堂もライトアップされ、よりいっそう幻想的な雰囲気をかもし出す。
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2007/8/14


清水寺 子安の塔 Kiyomizu-dera Koyasu-no-tou 

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 世界中から観光客を集める京都清水寺。最も有名な本堂の舞台から、錦雲渓をへだてた正面の丘の上に、子安の塔(こやすのとう)が建っている。子安の塔は江戸時代初期に再建された高さ約15m、桧皮葺きの三重塔で、内部には本尊の千手観音が安置されている。
 聖武天皇・光明皇后がこの観音に安産を祈願し、孝謙天皇が無事に誕生したとの伝説が残ることから、後世、安産祈願の信仰が生まれ、子安観音として崇拝されている。洛陽観音第十四番札所でもある。
 塔は、欄干の柱の頭につけるネギの花の形の装飾で知られる擬宝珠(ぎぼうしゅ)高欄を付した縁をめぐらし、正面は三間とも戸がなく格子張りで、とぐみは珍しく尾垂木を設けていない。明治末年に仁王門下から現在の場所に移された。国指定重要文化財。
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2007/7/2


幣舞橋 Nusamai-bashi 

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 北海道釧路市。その市内を流れる釧路川に架かっているのが幣舞橋(ぬさまいばし)だ。
 明治二二(1889)年に最初に架けられ、当時は全道一長い木橋と言われていた。
 現在の橋は昭和五一(1976)年に架けられた五代目にあたり、今も釧路市のシンボルとして市民に親しまれている。
 札幌市の豊平橋、旭川市の旭橋とともに北海道の三大名橋としても知られている。
 橋の左右の欄干には、春夏秋冬をイメージした「四季の像」が、それぞれ日本を代表する彫刻家4人の手によって制作、設置されている。
 夕暮れには、太平洋から差し込む紅の夕陽が、まるで東欧の小国にでもいるかのようなエキゾチックな香りを運ぶ。
 そして、夜になれば橋全体がライトアップされ、4つの彫刻の落とす影が、夕方にも増して幻想的な風景をかもし出す。
 全長124mのこの橋上は、まるで異国にいるかのような空気が流れている。
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2007/3/27


ときわ大橋となまこ壁 Tokiwa-oohashi-to-namako-kabe Tokiwa Ohashi Bridge and Namako-kabe (Sea Slug Walls)

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 ときわ大橋は静岡県賀茂郡、那賀川にかかる橋である。
 欄干になまこ壁で装飾が行なわれ、長さ30メートルの欄干の両側には漆喰画でツバメと桜が描かれている。
 なまこ壁とは漆喰を風雨や炎から守るため、外壁に平たい瓦を並べて、瓦の間を漆喰でなまこのような形に盛り上げたもので、この地方では昔から多く使われている技法である。
 橋は昭和六十年に施工されたもので、設計は漆喰工芸の長八美術館の設計者である石山修武氏によるもの。
 近隣には明治の呉服問屋「明治商家中瀬邸」を始めとした、多くのなまこ壁の家が建ち並び、昔ながらの街並みが残る。
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2007/3/22


旧日向別邸 Kyuu-hyuga-bettei 

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 旧日向(きゅうひゅうが)別邸は、静岡県の相模湾を望む高台に建っている。世界的に有名な建築家ブルーノ・タウトの手による設計の離れは、日本で唯一現存する貴重な建物である。
 もともとは、貿易で財をなした大富豪、日向利兵衛が昭和九年に建てた別邸。日向氏の死後、長い間民間企業の保養所として利用されていたという。
 ブルーノ・タウト氏が離れを設計したのは昭和十一年。日本の風土と文化を愛したブルーノ・タウトは、日本の伝統的な建物や風土を意識して設計、竹や桐をふんだんに使用し、和と洋の融合した見事な意匠を造り上げた。階段の欄干は、桂の離宮をモチーフにしているという。
 平成十七年より一般公開もしている。旧日向別邸は、熱海の誇る貴重な文化遺産である。
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2006/12/20


陶山神社 Touzan-jinja Toyama Shrine

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 陶山神社は、やきものの町、佐賀県有田にあり、「有田焼陶祖の神」と言われている。
 起源は約350年前。江戸時代初期の万治元年(1658年)、有田皿山代官の命により、伊万里市大里の郷社、八幡宮から分霊をいただいて現在の地に「有田皿山宗廟八幡宮」の社名で創建されたのだとか。それ以来、地元の窯元と商人たちの崇敬を集めてきたという。この地の陶工たちが競って寄進した大鳥居、狛犬、欄干、手水鉢などはすべて白磁器でできている。中でも、大鳥居は必見。明治21年に奉納されたもので、白磁の素地に天然呉須による淡いブルーの染付け唐草模様が美しい。
 社務所で扱っている絵馬やお守りも磁器製。自分の名前を入れた、宮司による手作りのユニークなお守りを買い求めることが出来る。
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