NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/8/7


伎楽面 Gigaku-men Gigaku Mask

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 中国から伝わった伎楽(ぎがく)は、大きな仮面をつけて演じる、台詞が全くない無言劇のことである。
 この伎楽で用いる仮面を「伎楽面(ぎがくめん)」といい、舞楽面や能面よりも大きく、頭からすっぽりと被るもので、人顔・妖怪・獅子・金剛など役柄に応じて様々な種類が存在する。
 正倉院や法隆寺、東大寺などには、百面を超える伎楽面が現存し、国宝として指定されている。
 日本では六世紀頃、仏の教えを深く理解させ仏法を広める目的として、寺社の境内で盛んに伎楽が上演されていた。天平勝宝四(752)年、東大寺の大仏開眼の際にも、大規模な伎楽がおこなわれ、その時の伎楽面が正倉院に残されている。
 伎楽面には、「木彫」と漆を塗って固めた「乾漆」があり、木彫には楠木や桐が使われている。
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2007/9/5


綴織 Tsuzure-ori Tsuzure-ori (Tapestry)

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 綴織(つづれおり)は、古くから世界中で行われてきた染織技法の一つである。
 歴史的にも芸術的にも価値の高いものとされており、最古のものは紀元前1580年頃にエジプトで織られたコプト織だといわれている。
 日本においては、仏教の伝来と共に伝わったといわれ、それらの遺品は法隆寺や正倉院の裂(きれ)に見ることが出来る。
 やがて、京都の仁和寺や本願寺などで綴織による装飾品などが織り始められ、その後も京都の西陣などでの帯の製織などにより、今に伝わっている。
 一般的には経糸(たていと)の下に実物大の下絵を置き、杼(ひ)に通した緯糸(よこいと)で、経糸を綴りわけながら文様を表していく。この際の経糸の綴りわけは、爪で一本一本をより分けていくという、非常に根気の要る手仕事となっている。
 「爪で織る錦」といわれる由縁であるが、そうした手作業により生み出される逸品は三千年前から人々を魅了して止まない美しさを今に伝えてくれている。
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2007/8/31


法隆寺 五重塔(国宝) Houyuu-ji Gojuu-no-tou 

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 法隆寺(ほうりゅうじ)は、奈良県生駒郡斑鳩町にある聖徳宗総本山の寺である。本尊は、釈迦如来。南都七大寺第7番とされる。
 創建は推古天皇一五(607)年とされるが、確証はない。別名・斑鳩寺(いかるがでら)とも言い、聖徳太子と縁の深い寺である。
 五重塔(ごじゅうのとう)は、和銅三(710)年ごろ建築されたと考えられており、木造建築としては世界最古とされる。
 塔の先端までの高さは32.56mであり、塔には一本の太い柱が土台から塔の先端に突き出ている相輪まで貫かれている。
 その貴重さから国宝に指定されているばかりか、法隆寺の木造建築群として、日本で初めて世界文化遺産・ユネスコに登録された。
 2重基檀の上に建ち、初重から五重までの屋根の逓減率が高いことがこの塔の特色となっている。
 法隆寺の五重塔は、日本が世界に誇る木造建築物である。
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2007/2/1


西円堂・追儺会 Saiendou・Tsuinae Saiendo Tsuinae Festival

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 法隆寺の西円堂本尊薬師如来坐像の前で毎年2月1日から3日間行う法要が「西円堂修二会」と呼ばれるもので、これの後2月3日に行われるのが「追儺式」である。別名「鬼追い」とも言われる。
 追儺(ついなえ)式は、西円堂の基壇の上で、鬼役と毘沙門役が登場し、松明を振りかざして歩く鬼の後を毘沙門天が矛(ほこ・両刃の剣に柄をつけた、刺突のための武器)を使って追い払う行事。法隆寺の「寺要日記」では、弘長元(1261)年に始められたとあり、鬼追いでは、県内で最も古いとされる。
 松明の火の粉がかかれば、その年は無病息災との信仰が残る。毎年近隣の人々が何百人も訪れる恒例行事である。
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