NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/3/25


注連飾り(福岡、宮崎) Shimekazari(Fukuoka,Miyazaki) Shimekazari (Fukuoka, Miyazaki)

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 注連飾り(しめかざり)とは、神社などに用いられている神域と外界とを隔てるための注連縄(しめなわ)がもとになっているといわれている。新年を迎えるにあたり玄関先などに吊るされ、外部から災いや厄が家の中に入るのを防ぐ魔除け・結界として、また新年へ向け不老長寿や五穀豊穣などの様々な願いを込めて飾られる。
 九州地方、特に福岡や宮崎などの注連飾りには「鶴」の意匠が多く見られる。放射状に広がった束は広げた翼や尾を表しており、くちばしにあたる箇所は赤く色づけされていることも多いようだ。また、稀ではあるが「亀」をかたどった注連飾りも見られる。
 鶴・亀は古来より、「長寿を象徴する吉祥の動物」として尊ばれ、祝の席には欠かせないものとして、その意匠が要所要所に用いられてきた。鶴亀の他にも松竹梅や宝船などを飾りつけることで、新年をめでたく祝うと共に、末永く健康に暮らすことが出来るように、との思いを込めているのかもしれない。
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2007/12/3


四天王寺 どやどや Shitennouji Doyadoya Shitennou-ji Doya-doya Festival

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 四天王寺(してんのうじ)は、大阪府大阪市天王寺区にある和宗総本山の寺院である。本尊は救世観世音菩薩で、西国三十三箇所番外、摂津国八十八箇所25番、聖徳太子霊跡1番札所とされている。
 推古天皇元(593)年、聖徳太子自らが建立した古刹である。
 どやどやは、天長四(827)年に修正会(しゅしょうえ)をはじめたのが起源とされ、日本三大奇祭に数えられている。
 元旦から始まる修正会は、その年の吉祥を祈り、天下泰平・五穀豊穣を祈願するもので、毎年一月一四日が結願日となっている。
 赤と白の二組に分かれた、鉢巻きとまわしをしめた裸の若者達が護符を奪い合う勇壮な行事で、その後に護符を受けようと、どやどやと群衆が集まる事から「どやどや」と呼ばれるようになった。
 四天王寺のどやどやは、今日でも盛況な伝統の神事である。
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2007/11/22


文様 七宝(シッポウ) Monyou Shippou 

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 七宝(しっぽう)とは、同じ円を円周の四分の一ずつ重ねていく和文様である。
 和文様とは、平安時代以来、公家の服装・調度品や装飾に用いられた形、色、構成などに独自の優美な様式を持つ図柄の総称である。
 同じ大きさの輪を互いに交錯させて規則正しく繋げた図形で、四方に広がって無限に続いている。
 縦横に広がるので「十方」ともいい、仏教でいうところの金、銀、瑠璃、玻璃(はり)、しゃこ、珊瑚、めのうの七種の財宝、つまり七宝と音が似ているところから転訛したものとされる。
 七宝の円形は円満を表し、吉祥文様の一つで、そのイメージが定着して宝尽くしの一つに数えられるようになった。
 文様・七宝は、刺繍や友禅染の図案の中で空間を埋め、華やかな色彩を加える役割を果たしている、伝統的な和文様である。
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文様 分銅繋ぎ(フンドウツナギ) Monyou Fundou-tsunagi 

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 分銅繋ぎ(ふんどうつなぎ)とは、天秤秤の片側の皿に載せて使う、銅製のオモリである分銅の文様を連ねた和文様である。
 和文様とは、平安時代以来、公家の服装・調度品や装飾に用いられた形、色、構成などに独自の優美な様式を持つ図柄の総称である。
 分銅というのは、宝尽しの文様にも含まれる縁起物とされている。
 昔の分銅の形は円形で、左右が弧状にくびれた形のそのバランスが美しいことからも文様や家紋に好まれ、分銅の形をかたどった色々な器物なども作られた。
 波線が交差してできあがる幾何学模様で、実際に分銅を並べて書き写した文様というよりは、波線の交差した幾何学模様に分銅の形を見い出したものといえる。
 文様・分銅繋ぎは、吉祥文様として家紋に好まれて使用された、伝統的な和文様である。
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文様 雪輪(ユキワ) Monyou Yuki-wa 

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 雪輪(ゆきわ)とは、雪の文様の1つで、雪の結晶に見られる美しい六角形の輪郭を円形に描いた和文様である。
 和文様とは、平安時代以来、公家の服装・調度品や装飾に用いられた形、色、構成などに独自の優美な様式を持つ図柄の総称である。
 雪輪は、安土・桃山時代の小袖に既に見られ、寛永年間(1624~1643)頃には、彦根屏風における犬を連れた夫人、松浦屏風における髪をくしけずらせる婦人の衣装に雪輪が描かれている。
 また、天保三(1833)年、下総国古河藩主・土井利位(どいとしつら)は、雪の結晶の観察を続けて「雪華図譜」をあらわし、86個の結晶図を紹介している。
 文様・雪輪は、吉祥文様として振袖・留袖・小紋・帯などに幅広く用いられている、伝統的な和文様である。
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2007/11/14


色打掛 Iro-uchikake 

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 華麗な刺繍や織り模様を施した「色打掛(いろうちかけ)」は、白やピンクの掛下(かけした)の上に羽織る。
 地紋の入った色地に赤や緑などの華やかな色で鳳凰や鶴亀、松竹梅、御所車(ごしょぐるま)といったおめでたい吉祥文様を刺繍したり、織りや染め、白地に金糸や銀糸による刺繍、印金や箔などの技法で吉祥文様をあらわしたものがあり、息を飲むような華やかさがある。
 以前は白無垢より格下の装いだったが、現在では最高位の正礼装とされている。その為、神前や仏前式の結婚式において挙式では白無垢を、披露宴では色打掛を装うという形が定着している。帯をせず、歩く時に褄(つま)を掻い取らなければならないので、 掻取 (かいどり)とも呼ばれている。
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安曇野 等々力家 Azumino Todoroki-ke 

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 安曇野の等々力家(とどろきけ)は、長野県安曇野市穂高等々力にある屋敷である。町の文化財に指定されている。
 等々力家は、室町時代から地方豪族の仁科氏に長く仕えてきた旧家とされる。
 等々力家の屋敷は、江戸時代、松本藩主の御本陣であり、鮭や鴨の狩猟の際の休憩所として使われていたものである。
 穂高の「吉祥山東光寺」のはす向かいにあり、壮大な長屋門をくぐると、等々力家所蔵の駕籠(かご)や宝物を展示する大きなお屋敷の姿が現れる。
 本屋の奥には殿様座敷などがあり、庭は桃山中期の流れを汲む江戸時代中期のものといわれており、大変美しい。
 安曇野の等々力家は、藩主が狩猟の際に休憩した茶屋本陣であり、貴重な建築物である。
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2007/8/7


滝山寺 Takisan-ji Takisanji Temple

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 滝山寺(たきさんじ)は、愛知県岡崎市滝町山篭にある天台宗の寺である。本尊は聖観音で、国の重要文化財に指定されている。
 7世紀後半頃、天武天皇の命で役の行者が薬師如来像を祀る吉祥寺として創建された。
 保安年間(1120~1123)、天台宗の仏泉上人・永救(えいきゅう)により再興された。
 本堂は、貞応元(1222)年に建立された県下最古の建造物で、屋根は桧皮ぶきの寄棟造り、和様・唐様・天竺様を取り入れた折衷様式で、重要文化財となっている。
 正保二(1645)年、3代将軍家光により本堂の隣に東照宮が建立され、幕府の保護で繁栄した。
 観音菩薩・梵天・帝釈天立像は、源頼朝の従兄にあたる僧・寛伝が安置したもので、制作は運慶とその一門であり、いずれも重要文化財に指定されている。
 滝山寺は、多くの文化財を保持し、人々に崇敬される古刹である。
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