NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/10/18


胆沢城 Isawa-jyou 

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 胆沢城は、平安時代はじめの延暦二一(802)年、坂上田村麻呂によって胆沢の地に造られた古代城柵(じょうさく)である。
 大同三(808)年には鎮守府が国府多賀城から胆沢城へ移され、鎮守府胆沢城が成立。10世紀の後半ごろまでの150年間ほど機能していた。
 高さ約3.9メートル、一辺675メートルの築地(ついじ)といわれる土で固めた塀とその内と外に掘られた幅3〜5メートル 、深さ1〜1.5メートルの溝で方形に囲まれていた。
 全体の面積はおよそ46万平方メートル、(東京ドーム9つ分)、その内部は中央南寄りに一辺90メートル四方の塀で区画された政庁域、そのわきに官衙(かんが)や厨(くりや)などが広がっていた。
 大正一一(1922)年に国の指定史跡となった。
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2007/5/22


佐瀬勇 Sase Isamu 

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 佐瀬勇さんは東京でただ一人、ガラスペンを製作する職人である。生まれは現在の千葉県印西市で、昭和十一年八月六日が誕生日。父の米蔵はガラスペンの創始者・佐々木定次郎のもとで修行した人。佐瀬さんは父に弟子入りし、佐々木定次郎直系の唯一の後継者となった。
 ガラスペンは、8本の細い溝のあるガラス棒を引き延ばしてペン先を作るもので、両手を同時に同じ早さ同じ力加減で回し続けるという、熟練の技が必要とされる。
 ガラスペンの書き味は鉛筆に近く、誰でも簡単に使える。インクはもとより墨汁なども使用できて、ペン先は腐食もせず、先端部の破損を防げば寿命は大変長いという優れもの。
 また平成元年ころ佐瀬さんが開発した「ひねりガラスペン」は、それまでの軸が竹や木のものとは違って軸とペン先が一体のガラス。見た目にも大変美しく、美術品としての赴きさえ感じさせる。発売当初、一度に2,000本の注文が来たこともあるという。
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2007/2/2


手取峡谷 Tedori-kyoukoku Tedori Gorge

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 石川県最大の河川、手取川の流れが鳥越村付近で作った峡谷。
 手取川の上・中流域では急流が狭い河岸段丘を刻み、何千年もの時をかけて造った深い溝のような谷が続く。
 その長さは手取川の吉野谷村下吉野から白山下までの約八キロメートル。そして絶壁の深さは二〇から三〇メートルにもなる。
 猛々しい岩と岩の間を、清流が駆け抜け、と思えば翡翠色の淵でとうとうと水の豊かさを誇示している。
 威風堂々たる自然と時間の力に心が衝かれる。
 御仏供杉、飛龍岩、不老峡、五色滝、綿が滝と変化に富んだ八キロの峡谷である。
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