NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/1/24


岡山城 Okayama-jo Okayama Castle

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 慶長二(1597)年、豊臣五大老のひとり、宇喜多秀家が築城した岡山城。天守は黒漆の板張りで、別名「烏城」と呼ばれ、隣県の白鷺城と呼ばれる姫路城と対比される。また、この天守は4重6階の複合形式で安土城の天守を模したものとも言われている。
 築城当時は、築城技術の発達が盛んな時期で、岡山城は豊臣秀吉の大阪城、毛利輝元の広島城と並んで近世城郭のさきがけとなったという。
 不等辺五角形の天守閣、野面積の石垣が猛々しい魅力を持つ「男性的」な城に仕上がった。
 くしくも第二次世界大戦の際に天守、石山門を焼失したが、1966年、岡山大学に残されていた設計図を基に天守閣が再建された。1996年には金箔瓦と金の鯱に改修され内容も一新。
 戦災を免れた月見櫓は国の重要文化財となっている。
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2007/1/22


成巽閣 Seisonkaku Seisonkaku Villa

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 文久三(1863)年の建築。兼六園の中にある。当初は巽御殿(たつみごてん)と呼ばた。
 加賀藩十三代藩主前田斉泰が母である隆子(真龍院・十二代斉広夫人)のために建てた隠居所。
 金沢城から東南の方角、つまり巽にあり、また京都の鷹司家が辰巳殿と呼ばれており、それにも習ってこの名前がついた。
 二階建てで、一階は書院造り、二階は数寄屋造りになっている。重要文化財に指定されているが、江戸時代末期の代表的な建築物である。
 建物の内部は、心配りの行き届いた優雅な空間となっている。
 壁は紙貼りとして土を使わず、階下には紅い漆を用いた。さらに雲母や金などを使い文様が描かれている
 全体的に、色彩豊かな装飾は、成巽閣の大きな特徴である。
 また、成巽閣の庭である飛鶴庭も、国の名勝と指定されている。現在は、歴史博物館となっている。
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2007/1/12


江戸和竿 Edowazao Edo Wazao Fishing Poles

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 江戸和竿は、天然の竹を用いて作られる継ぎ竿で、魚の種類や釣り場によってこしらえが異なり、様々な形に作られる。
 江戸時代中期に江戸で作られ始め、後期には美術工芸と呼べる域にまで達し、今日の江戸和竿が完成した。
 竿の善し悪しは材料で決まる。天然素材の竹を用い漆仕上げをした釣竿を和竿と言い、制作者は自分で竹を刈り取ったり、数千本の中からわずか数本を選び出したりするほど、材料の竹にこだわる。
 江戸和竿は今でも実用品で、釣る魚の種類や釣りをする場所によって使いやすさも違い、場合によっては最新のロッドにも匹敵する使い心地を誇る。
 江戸和竿は、江戸前の海や河川に恵まれ、江戸に暮らす人々の要望に応えた研究の結晶である。
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江戸漆器 Edosikki Edo Lacquerware

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 江戸漆器は、シンプルで堅牢、実用的な工芸品である。
 1590年、江戸城に入城した徳川家康が京都の漆工を招いたのが始まりとされ、五代将軍綱吉の時代に塗りの技術が進歩し、完成され、八代将軍吉宗の頃以降は、庶民の間に日常漆器として普及していった。
 うなぎ重箱、そば道具など業務用食器の生産が特色で、実用品としての高い機能性が人々を引き付けた。
 今日、江戸漆器は、江戸時代以降の技術と伝統を受け継いできた職人達によって、茶道具・座卓をはじめ多様な製品が生産されている。
 海外では陶磁器のことを「チャイナ」と呼び、漆や漆器は「ジャパン」と呼ばれていたという。江戸漆器は、日本の庶民文化を代表する工芸品と言えよう。
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2007/1/11


螺鈿の菓子器 Raden-no-kasiki Raden Kashiki (Raden Sweets Bowl)

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 螺鈿(らでん)は、伝統工芸に用いられる装飾技法のひとつであり、螺鈿の菓子器は、琉球漆器の伝統工芸品である。
 螺鈿細工は、夜光貝やアワビの貝の真珠質の部分を砥石でみがき、一定の厚さに揃え、文様の形に切って漆塗面にはめたり貼ったりする技法で、光線の当たり具合により貝の部分が青や白に美しく光るのを利用した加飾法である。
 漆塗面は文様に従って彫っておき、貝を糊漆ではりつける。貝自体に線彫装飾を施す事もある。
 貝に限らず琥珀、べっこう、金属片が使われるものも螺鈿と呼ぶが、金、銀を用いた場合は螺鈿とは呼ばずに平文(ひょうもん)、或いは平脱(へいだつ)と呼ぶ。
 螺鈿の菓子器は、中国より伝わった技術に沖縄独自の技法を加えた琉球漆器の、代表的工芸品である。
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東道盆 twundaabun Twun-dar-bun

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 東道盆(とぅんだーぶん)は、沖縄における高級な前菜入れであり、格調高い琉球漆器である。
 元は中国から伝わった器で、中国語で「客をもてなすご馳走を入れる盆」という意味である。
 琉球に伝わり、琉球漆器の技術が駆使され、代表的工芸品になっていった。
 器だけでも豪華で、その中に入れる料理もそれに見合った豪華な料理が入るので、昔から結婚式や還暦の祝など大切なもてなしに用いられた。現在はお正月にも用いられる。
 元々は容器そのものをこう呼んでいたようだが、今では盛り込む料理も含めて「東道盆」と呼ぶ。
 現在、八角東道盆は琉球料理の正式な盛器といわれており、雅びやかな王朝時代を今に偲ばせる代表的な料理の器である。
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琉球漆器 Ryuukyuu-sikki Ryukyu Lacquerware

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 琉球漆器は、約600年の伝統を誇る沖縄の伝統工芸品である。主な産地は、那覇市、島尻郡南風原町(はえばるちょう)など。
 琉球漆器は、14、15世紀の頃から始まり、その技術、芸術性が高く評価され、献上品として、また貿易品として中国や日本に最も喜ばれた品物のひとつである。
 琉球王国では貝摺奉行所を設置し、その管理下で、華麗で高度な技術を駆使した卓や文箱、硯箱、食籠、盤などを制作した。
 技術的にも芸術的にも更に水準の高い工芸品を生み出し、中でも立体的な浮彫表現の「堆錦(ついきん)」は、沖縄独特の加飾法とし考案されたもので、他では見られない深い味わいを持っている。
 琉球漆器の朱塗りの鮮明な美しさは他の追随を許さないものがあり、黒塗りとのコントラストは大胆で斬新、今日では琉球漆器の大きな特色の一つとなっている。
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