|
かにかくに祭は、京都祇園を流れる白川の巽橋付近に立つ歌人・吉井勇(よしいいさむ)の歌碑の前で、毎年一一月八日に行われる花街行事の一つ。
吉井勇は明治一九(1886)年一〇月八日、東京生まれ。北原白秋、森鴎外、石川啄木らと親交があり、文芸談義を楽しむ「パンの会」を結成したり、文芸雑誌「スバル」を創刊するなど活躍した。晩年は京都に在住し、祇園をこよなく愛し、祇園にまつわる多くの歌を詠んだ。
祭は昭和三〇(1955)年一一月八日、吉井の古希を祝い、谷崎潤一郎らによって「かにかくに 祇園はこひし 寝るときも 枕のしたを 水のながるる」の歌碑が立てられたことに始まる。場所は、この歌が詠まれたといわれるお茶屋「大友(だいとも)」の跡地が選ばれた。
旧知が集い故人を偲び、華やかな着物姿の舞芸妓によって歌碑に献花が行われる。色づき始めた木々に囲まれ、京の秋はこの日、一層の華やかさを増す。
吉井勇は明治一九(1886)年一〇月八日、東京生まれ。北原白秋、森鴎外、石川啄木らと親交があり、文芸談義を楽しむ「パンの会」を結成したり、文芸雑誌「スバル」を創刊するなど活躍した。晩年は京都に在住し、祇園をこよなく愛し、祇園にまつわる多くの歌を詠んだ。
祭は昭和三〇(1955)年一一月八日、吉井の古希を祝い、谷崎潤一郎らによって「かにかくに 祇園はこひし 寝るときも 枕のしたを 水のながるる」の歌碑が立てられたことに始まる。場所は、この歌が詠まれたといわれるお茶屋「大友(だいとも)」の跡地が選ばれた。
旧知が集い故人を偲び、華やかな着物姿の舞芸妓によって歌碑に献花が行われる。色づき始めた木々に囲まれ、京の秋はこの日、一層の華やかさを増す。
[+ADDRESS] |